徹子の部屋 料理家・栗原はるみ~72歳…今年 最愛の夫が逝き~ 年間約400料理を考案している栗原さん…



出典:『徹子の部屋 料理家・栗原はるみ~72歳…今年 最愛の夫が逝き~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 料理家・栗原はるみ[解][字]


~72歳…今年 最愛の夫が逝き~料理家・栗原はるみさんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

20年ぶりに料理家・栗原はるみさんが登場。年間約400料理を考案している栗原さん。スタジオでは、亡き夫・玲児さんから最上級の褒め言葉を貰った「ポテトサラダ」を紹介。その味に黒柳さんも大絶賛!

◇番組内容

今年8月、最愛の夫・栗原玲児さんを肺がんで亡くした。ワイドショーの草分け的存在だった玲児さんの懐かしい映像を見て、思わず涙がこぼれる場面も。栗原さんが一人で自宅介護し、玲児さんを見送った…。その最後の日々を語る。専業主婦だった栗原さんは、玲児さんからの思いがけない言葉がきっかけで料理家の道に進むことになったという。その言葉とは?

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP



『徹子の部屋 料理家・栗原はるみ~72歳…今年 最愛の夫が逝き~』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

徹子の部屋 料理家・栗原はるみ~72歳…今年 最愛の夫が逝き~
  1. 本当
  2. 主人
  3. ポテトサラダ
  4. 玲児
  5. 栗原
  6. 可愛
  7. 頑張
  8. 今日
  9. 自分
  10. 料理
  11. お願い
  12. 英語
  13. 結婚
  14. 残念
  15. 仕事
  16. 大好
  17. 料理家
  18. お作り
  19. お料理
  20. ピクルス


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(黒柳)20年ぶりのお客様です。

主婦から大人気料理家となった

栗原はるみさんで
いらっしゃいます。

どうぞ お入りください。

(拍手)

8月に
元キャスターだったご主人を

お亡くしになったんですけど

色んな思い出も伺います。 どうも。

しばらくでございました。 どうも。

すごいね。
20年ぶりだそうでございます。

あっという間ですね。
本当ですね。 本当に どうも。

20年ぶりという事で

昨日の事のように
思い出されますが…。

本当ですよね。 本当に。
20年も経ったなんて

ウソみたいと 今
ちょっと お話をしておりました。

それで 8月に… この8月に

ご主人の栗原玲児さんが
お亡くなりになって。

栗原玲児さんは
元キャスターしてらしたので

皆さん
ご存じと思いますけども。

85歳でいらしたの?
そうですね。

お悲しいとこ お願いするの
ごめんなさいね。

このね ご出演をお願いするのはね
その もっと前だったの…。

こんな早くに 私 お願いしてると
思わなかったのね。

もう
お願いしちゃったあとだったんで

来てくださるって
おっしゃったっていうんで…。

ちょっと申し訳ないなと思ってね。
いえいえ…。

ご主人の事 ねえ

伺ったりなんかしてと
思いましたけど。

ワイドショーの草分け的存在で
栗原さんという方はですね。

当時の映像なんかも
ありますので ちょっと

おつらいかもしれないけど
いいですか?

ちょっと見て頂きます。
頑張ります。

(栗原)「1カ月経った 今もなお

こうやって立っていますと
足元から

ジワッと
熱気がこみ上げてきますし

鋭い硫黄臭が鼻をつきます」

「一部仮設住宅にも
入居をしましたし

それから ご承知のように
学校も再開されましたけれど

まだまだ
昔どおりの生活を取り戻すには

ちょっと時間がかかりそうですね」

かっこいいですね。

すごくいいですよね。 すてき。

頭の色も あんなふうになっても

とてもすてきっていうね
感じですものね。

ただ 玲児さんも
昔から存じ上げてたんですけど

ある時から あんまりテレビに
お出にならなかったんで

どうしてかなと思ってたらば

はるみさんの
サポートのためだったんですって。

そうですね。 はい そうですね。

あっ そう。

サポートっていうのは
色んな意味がありますけども…。

そうですね。
私の 今までの料理は

全部 彼の口を通して
ジャッジをしてもらってたので。

あっ そうなんですか。

主人が全部食べて
いいとか 悪いとか…。

おいしいとかなんとか
っていうんじゃないと…。

駄目でしたね。 それを私は支えに
今日… 38年間やってきたので。

あらー。
すごくおいしい時は

「大したもんだ。 ベリーグッド」。

駄目な時は
「もう こんなのあり得ない」って

いつも言ってましたね。
本当? 相当ね。

でも だからこそ ご主人が
おいしいとおっしゃったものは

絶対安心っていう…。
そう…。

それが私の
基本的な考え方でしたけどね。

今… 写真に写ってるんですけど
こんな事してらしたんですか?

これはですね
フィンランドに行った時に

突然 主人が
「おんぶしてあげようか?」

って言って
あら そう? と思って…。

可愛い。

結構 その時
恥ずかしかったんですけど

今は 非常に
いい思い出になってますね。

それで あなた様が

とてもうれしそうに
笑ってらっしゃるところがね

仲がよかったご夫婦なんだな
っていう事が わかって。

今年で ご結婚47年目だった…。

はい そうですね。
ああー そうですか。

あと3年で50年だったのね。
そうですね。 残念でしたけどね。

残念でしたわね。

でも 肺がん…。
そうですね。

もう何しろ
タバコが大好きだったので。

そうだったんですか。

本当に吸ってましたので

「なるよ」って
お医者様に言われてたら

やっぱり なりましたね。
すごいね。 本当にね。

「僕は後悔しない」って
それは言ってました。

でも あとどのくらいとかって

そういう
余命宣告もあったんですって?

はい。 去年 宣告されて。

私の… 3月5日が 私の
72歳の誕生日だったんですけど

その時に大勢来て頂いて

私をですね いつにもなく
すごく褒めてくれて。

その時に?
ええ。 みんなに

頼みたいって
私を お願いしますって

何回も ちょっと
言ってくれたんですけど

皆さんは 誕生日だから言ってる
って思ってたみたいで。

家族はね
余命は もう知ってましたので

誰も気が付かなかったんですよ
その時。

あっ そうなの。
だけど 私が妙に泣いてたので

なんか うれしくて泣いてたのかな
と思ったっていうんですけど。

その3月5日以降 亡くなるまで

結局は
誰にも会わなかったですね。

決めてたみたい。
5カ月間ぐらい?

ええ。 これで 僕は誰とも会わない
っていう事を

すごく強く思って…。

最後の… 会った時に
ものすごく奥様をお褒めになって

それからは誰にも会わない。
それで 3通の手紙を私に残し

自分の戒名も書いて
私の戒名も書いて…。

そこまで書いて?
はい。 亡くなる衣装まで決めて。

まあ 本当に強い人ですよね。
そうですね。

ただ 私が あまりにも泣くので

「泣くのは一番つらいから
やめて」って

ずっと言ってましたね。
そりゃね。 でもね…。

でも
自宅で介護なすったんですか?

はい。 私が最後まで…。

はい 私が面倒見ました。
それが よかったですね。

でも はるみさんの介護しか
受け付けなかったって…。

本当に私しか…
本当に受け付けなくて。

でも それで… 看護?

見てらっしゃると
どうしても涙が出ちゃう…。

そうですよね。 そうでしたね。

つらい毎日でしたけどね。
でも それでも…。

でもね どのくらい
看病なさいました? そしたら。

でも やっぱり がんになって

本当に 徐々に
具合悪くなるもんなんですね。

そうですか。
うん。

日に日に弱る
っていう感じでしたね。

へえー。
残念だったんですけど。

ただ 3通の… 亡くなったら
3通も手紙が残ってまして 私に。

3月に1枚。 5月 6月。

で すごく褒めてました。

感謝の言葉が
いっぱい書いてあった。

そうですか。
まあね しょうがないですけどね。

でも 本当に
お優しい方だったんですよね。

そうですね。 そうでしたね。

それで そんな長患いじゃなかった
っていう事が…。

もう それが私に対する…
なんていうんですかね?

残った私の人生を
彼からもらった感じ。

そうですね。

楽しんでいくようにと
言われた気がしましたけどね。

でもね もうちょっと
長く生きてくださってもね

よかったとお思いだと
思いますけれど。

ありがとうございます。
そうですか。

26歳の時 もう
結婚してらっしゃるんですよね。

はい。 21で知り合って
そのまま26で。

あっ そうですか。
で 専業主婦?

ええ もちろん。 はい。

それで… でも ご主人の言葉で
料理家になった?

ちょっと
VTRを見て頂いていいですか?

「こういう事を
なさろうと思う そもそもは

どういう事から…」

「大体 私 専業主婦で
主人と結婚したんですね」

「その頃は 主人も忙しくて

帰りは遅いし 朝帰りする事も
よくあったと思うんですけど」

「やっぱり
子供の事と主人の事しか

目を… 向いてないもんですから
主人にすると

とても うっとうしかったんじゃ
ないですかね」

「“自分を待つだけの女に
なってほしくない"って言われて」

「もっと 自主性を持ってね…」

「それは仕事をする事じゃ
なかったと思いますけど

1人の人間として もうちょっと
成長してほしかったんでしょうね」

そうですね きっと。
その頃は すごく彼が忙しくて

ほとんど
家に戻るのが遅くてですね。

それから その頃 マージャンが
流行ってたじゃないですか。

ええ。
46年ぐらい前。

もれなく マージャン大好きで
帰ってこない日が多くてですね。

それで 私 専業主婦っていうか…
母から きちんと料理を作って

お風呂沸かして待ってるように
っていう… 育てられたのでね

待ってたんですけど

それが すごく
うっとうしかったんでしょうね。

彼にとっては
非常に苦痛だったみたいで

「もう 僕を待たないでくれ」って
ある時 言われて。

なんか 自分で好きな事を
やったらいいっていうね。

「自分のやりたい事を
見つけないと駄目」って言われて。

あっ そうなんですか。
それからですかね。

自分を待つばかりの女になるな
っていうお言葉…。

すごいですよね。
すごいですよね。

本当ですね。
どうしてもね…。

でも それが
きっと よかったんですね。

本当に お料理やろうと
お思いになった…。

その頃は 本当にテレビ朝日の
お仕事 いっぱいしてたので

女性のディレクターの方も
いっぱい遊びにいらしてたので

いやー 仕事するって
すばらしいなって

なんとなく思ってましたけどね。

具体的に働いた事が
一度もないので…。

そうですよね。
どうするんだろうという…。

で たまたま 料理が好きだ
っていう事を聞いた知り合いから

料理番組の裏方で
料理を裏で作る人の…。

まあ バイトですよね。
それで 始めて…。

あっ それが…。
はい。 初めてなんですね。

そうなんですか。
お子さん 2人いらっしゃって

もう大人になって…。
はい。 大人になって 2人とも。

その大人になった子供も
2人とも お料理家になった?

そうですね。

2人とも
子供が1人ずつおります。

あっ 本当だ。

この方
長女の友さん。

ご主人ですね?
はい。

それから 可愛い
お人形さんのような孫。

それで
栗原さんが いらして。

心平さん 長男。
はい。

長男の嫁 可愛い。

孫 可愛い。
そうですね。 いい家族ですね。

本当に なんていいんでしょうね。

しょっちゅう
遊びに来てますけどね。

でも 玲児さんは なんだか
孫の方が可愛いかと思ったけど

孫より あなた
っていう人だったんですって?

そうですね。 「孫は可愛いけど
普通のおじいちゃんみたいに

べったりするのは
僕は好きじゃない」って

「君さえいればいい」って
いつも言ってましたね。

いいですよね。
でも そういうふうに

はっきりと言えちゃうっていうね。

そうですね。
それ すてきだなと思います。

言えないですね。
でも なんか いつも…。

私が 例えば 仕事が忙しくなって

外出して
先に寝る日もありますよね。

その時は 必ず手紙が置いてあって
まめな人なんですよね。

まめですよね。 本当にまめ。
そうですね。

で なんか…。
何? 持ってらしたんですか?

ちょっと
記念に持ってきたんですけど

こういうの書いてくれるんですよ。

あらー。
いいですか? 見せて頂いて。

いいです? 読ませて頂いて。

「はるみ殿
全部とても美味しかったよ!」

「いろいろ工夫してくれて有難う。
感謝してます」

「でも あまりにも旨すぎて
食べ過ぎが心配」

「R」って
玲児さんの「R」ですかね。

こんなふうに 随分ご丁寧。

「グラタン うますぎて食べすぎ…
食べすぎた」なんてね。

「11時半まで待ってたけど
先に寝ます」

「お疲れさま。 おやすみ」

ちょっとご覧になりますか?

どうぞ。 こんなふうで。

「Love」って必ず書いてある。

で 「R」も書いてある。
そうですね。

「オツカレサマ。 お先に寝ます。
十一時二〇分」

ハハハハ…。 ちょっとした事だと
思ってたんですけど

今となると
なかなか優しい人だったんですね。

最初ね
あんまり残してなかったんですよ。

ある時 ちょっと 少しだけ
残そうかなと思った瞬間があって。

もっと
いっぱいあったんですけど。

そんなに たくさんは
ないんですけどね。

でも いつも
心配りをしてたんでしょうね。

そうでしょうね。
だけど 私は

彼には
1通も残した事はなかったです。

本当に?
はい。

でも こういうふうな事を

書き残してくださった
っていう事は…。

なんていうのかしら?
その方の姿がなくても

こういうのが残ってると…。
そうですね。 支えになりますね。

どうも ありがとうございました。
はい。 ありがとうございます。

どうも
わざわざ持ってきて頂いて。

さて 思い出のポテトサラダ?

ちょっと コマーシャル挟んで
その話を…。

栗原はるみさんが お作りになった
ポテトサラダが到着したんで…。

でも 考えたら
みんな 栗原先生って

みんな 呼んでらした?
いえいえいえ。 とんでもない。

もう 栗原さんで… はい。
栗原さんで大丈夫ですか?

もちろんです もちろんです。
これが そのポテトサラダ?

はい はい。

これはですね
私も仕事柄 ポテトサラダは

すごい いっぱい
レシピがあるんですね。

なんか 中を変えたり
味変えたり。

だけど ある時
だいぶ前なんですけど

たまに主人が
買ってくるポテトサラダが…

買ってくるんですよね。

どこかから?
どこかね 買ってきて

それを食べてるのは
見てたんですけど

それが なんか
一番好きっていう事を

あまり ちょっと わからなくて。

なんで あんなもん買ってきて?
なんか どうなんだろうと思って

味を たまには変えたいのかな
ぐらいだったんですけど。

彼が一番好きな味は
これなんですよね。

あっ これ。
マヨネーズを食べてみると

市販では できない味なんですね。

要するに
市販のマヨネーズでは出ない味。

で それが 仕事をしてると
ポテトサラダが色々…

色々
とっかえひっかえ出てくるから

楽しいでしょという気持ち
私の中には あったんですけど

この味が大好き
っていうふうには思えなくて。

ある時 突然 気が付いて。

それで 何度も練習して練習して

彼からベリーグッドをもらうまで。

で ピクルスは
自家製するんですよね。

ニンジンは ゆでて。
で マッシュしたジャガイモに

マヨネーズは自家製で
混ぜるんですけど。

トマトもキドニービーンズも
大好きなんですよ。

あっ そうなの。
なんか やっぱり 昔の…

これ食べて頂くと
わかりますけど

初めて西洋料理が日本に
50年前ぐらいに来た時の

甘くて酸っぱい味なんですよね。

じゃあ これは 栗原さんが
お好きだった味なんですね。

はい。 大好きな味なんですよ。
散々 研究なすって

お作りになった味。
はい。 喜んでました。

そうですか。
じゃあ ちょっと頂いてみます。

ああー
やっぱり 随分 色んなものが…

白くても
色んなものが入ってるんです。

ちょっと頂いてみます。

あら 本当ね。
甘くて 酸っぱくて。

で ワインビネガーなんですよ
お酢じゃなくて。

本当だ。
彼は「ワインビネガーがいい」って

言ってましたね。

これ お料理の名前
あるんですか? なんか。

いや 玲児さんのポテトサラダと
名前をつけてるんですけど。

玲児さんのポテトサラダ。

でも なんか 主婦の方も
きっとそうだと思うんですけど

ご主人が一番ね
好きなポテトサラダを

覚えたらいいですよね。
知ってたらね。

色々種類があるけども

うちの主人は このポテトサラダが
一番好きだっていう事がわかると

きっと なんか 疲れた日に
作ってあげたり

なんか お祝いの時 作ったら
きっと

喜ばれるんでしょうね きっとね。

確かに これ おいしいですね。
あっ 本当ですか?

私は とっても おいしい。
好みの味でした。

ありがとうございます。
本当ですか? よかったです。

私はね 母が作らなかったせいか
あんまり食べた事がなかったの。

おいしい。
ああー 本当ですか?

ありがとうございます。
本当 ピクルスなんかが入ってて。

今日は
ここに出演する事になって

きっと主人は
すごく喜んでると思います

黒柳さんにお会いして。 はい。

じゃあ ご主人様 頂いてます。
ハハハハ…。

とても お味がよろしいようで。
本当に おいしかったです。

最高のプレゼントです 今日は。

ありがとうございます。
元気出ました。

泣いてばかりは
いられないですよね。

そうですよ。
みんな 待ってるわけですからね。

でも 年間に
400種類ぐらいのお料理を

お考えになんなくちゃいけない?
そうですね。

自分のパーソナルマガジンを…
もう24年目に入るので

今 94冊目 かかってるんですよ。
ええー すごい。

400レシピが毎年やってきて。

毎年 大根と白菜 冬は。

で もう ずっと考えてないと…。

まあ 本当 そうですね
追われてますね。

楽しいんですけど
追われてますね。

もう3月号が始まるので。
あっ そうですよね。

ちなみに
これは なんですっけ?

これはですね
まだ結婚する前に

父が ちょっと鶏肉が苦手で

なんとか食べさせたいと思って
考えたお料理なんですよ。

鶏の唐揚げに
長ねぎのねぎソースが…

お酢と おしょうゆと
お砂糖だけの事なんですけど。

それが
かかってるだけなんですけど。

これが…。
ちょっと中国風?

中国っぽいんですけど
和っぽいんですよね。

和の味なんですけど。
お父様?

はい 父と母ですね。
あちらに いらっしゃるの

お母様?
お奇麗なのね お二人とも。

ありがとうございます。
なんてお奇麗なね 昔の…。

ずっと着物でしたね。
あっ こんな感じ…。

ええ。 ずっと 着物 着てましたね。

お料理 お母様
お上手だったんですか?

もう すごく上手でしたね。
和食ですけど。

そうですか。 でも 400種類を
お作りになったんですけど

毎回 必ず 玲児さんに
食べておもらいになって

ご判断を あちらに
しておもらいになってた。

だから それが非常に

夫婦の絆も深くなりましたし。

「君に“まずい"って言う人は
いない」って。

「ねえ 言えないでしょ」って。
「君には言えない」。

「僕しか言う人いないから」って
いつも言ってました。

そう。 それで 時々は
まずいとも おっしゃいました?

ええ。 いっぱい言ってましたね。
ああ 本当。

ええ。 「こんなの出せないよ」とか。
本当に?

信じられないぐらいは
言ってました。

すごい。 だけど
ベリーグッドって言う時は

いいんですね?

まあ だから それで

頑張れたのかなと思いますよね。
でも あれですよね

これからは 新しいものを
お作りになる時になると

また 涙が出るんじゃないですか?
そうですよね。 困りますね。

ねえ。 誰も
代わりになってくれる人がいない

っていう感じですよね。

でも このポテトサラダは…
戻りますけど

本当にね
何が おいしいっていうと

あんまり
ポテトポテトしてなくて。

あっ 本当ですか?
なんか この味が

玲児さんを
言い当ててる感じします。

そのものな気がして 全てが。
あっ そう? 玲児さんみたいな。

はい。 玲児さんらしい味だなと。
なるほど。

ちょっと モダンだし
ちょっと かっこいいですよね。

そうです そうです。
でも 本当に… 私 とってもね

お料理を食べた時のね
形容が下手でね

そういう食べるのを… 職業には
なれないと思うんですけど。

とんでもない とんでもないです。
でもね

「おいしいです」ばっかりじゃ
ちょっとね あれですけど

私が黙って食べてたのは
すごくおいしいからなんですけど。

ありがとうございます。

あんまり なんていうかね

ポテトポテトしてない
っていうのも変なんですけど。

でも そこのところに
ちょっと酸っぱくてね

ちょうどいい…
本当に ちょうどいい あんばいに

小さいピクルスとか
色んなものが随分入っててね。

なんか 入ってるものが
また おいしくて。

ありがとうございます。
で もちろん トマトもおいしくて。

これだったら そこにあるの
全部 食べても

食べられちゃうぐらいと
思うぐらい。

ありがとうございます。
本当 うれしいですね 今日。

でも 本当に。 それ 本当の事です。

あっ ありがとうございます。
今日 本当 元気頂きました。

フフフ。

でも 口癖は 「さもない事」
って言うんですって?

そうですね。 暮らしの中で

小さい事を大事にしてますね
結構。

小さい事を大事にしながら
楽しくね 暮らさなければなと

いつも思ってますけどね。

でも あれですよね
8月にご主人 亡くしちゃって

まだ そんなね 経ってないので…
4カ月ぐらいしか経ってないので

ちょっとね…。

番組では
もっと前にお願いしててね

そんな時に亡くなるなんて
思ってなかったので。

本当 私も そんなに早くから
お願いしてたんだと

思わなかったんで。
いえいえいえ。

お引き受けくださったあとに

ご主人が
お亡くなりになったんですけど。

でも 最近 料理家になって
よかったなと思う出来事も

あったんですって?
ええ。

もうね 料理家になってよかったと
心から思うのは

ごく最近ですね
心から思ったのは。

やっぱり いっぱい 色んな方から
お手紙頂いたり

それから まあ 色んな方から
励ましの言葉とか

まあ それも いっぱい頂いたり。

なんか… 今日もそうですけど
こうやって喜ばれると

いい職業だなと
頑張ってきてよかったなと

ちょっと つくづく最近思って
エネルギーが湧いてきましたね。

そうですか。
はい はい。

確かに そういう方を…
最愛の方を亡くすと

本当に打ちひしがれたように
なってしまう

っていうの わかりますけれどね。
そうですね。

初めて知る孤独ですかね。
そうですよね。

でも
60歳から英語をお始めになった?

そうですね。

まあ 主人がね
英語が得意だったので

ちょっと 遠慮してしまったり
気を ちょっと… 恥ずかしいとか

海外一緒に行っても
どんどん しゃべっちゃうのと…。

なんか そうすると
わかんない時が多くて

残念な気持ちがあって。

一生 でも なんか 英語は
やらないなと思ってたんですけど

ある時 ちょっと
番組で頼まれたのが きっかけで。

で 60歳から
ちょっと英語を勉強しようかな…。

ハワイにも
お料理教室をお持ち…。

大学で和食を教えてるんです
もう7年ぐらい前から。

ええー。
それが英語をする…

勉強する
いいきっかけにもなって。

いいですよね おできになれば。
年に今は

2回ほど行ってるんですけど。

来年は もう1人なので
なんか あんまり気ぃ使わない…

今まで すごい気ぃ使って
行ってたんですね 実は。

なんか 行く度に「寂しい」とか

「なんか つまんない」とか
言われちゃうから

かわいそうだなと思ってて。
まあ 来年はね

ちょっと長く行けるかなと。
そうですよね。

少し元気出して頑張ろうかなと。

そうすれば また 違う事のね
道が開けるかもしれない…。

そうですね。 はい。

でも… あら
もう時間になっちゃったんですね。

でも あれですよね 主婦から…。

いい人生だと思います。
そうですよね。 これからも

ますます頑張って。
はい 頑張ります。

悲しまないよう。
はい。

ありがとうございます。
(拍手)


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