徹子の部屋 香山美子~昭和の名優・大川橋蔵さん生誕90年~ 橋蔵さん愛用の十手を公開するなど「平次親分」の世界…



出典:『徹子の部屋 香山美子~昭和の名優・大川橋蔵さん生誕90年~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 香山美子[字]


~昭和の名優・大川橋蔵さん生誕90年~香山美子さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

女優・香山美子さんがゲスト。昭和を代表する大スター、大川橋蔵さんがこの世を去ったのは、35年前の12月7日。今年は生誕90年の年にあたる。今日は、人気ドラマ『銭形平次』で橋蔵さんと夫婦役を14年間演じた香山さんとともに、橋蔵さんとの思い出を振り返る。

◇番組内容

自身の人生を語るうえで、橋蔵さんの存在は欠く事が出来ないという香山さん。今日は橋蔵さん愛用の十手を公開するなど「平次親分」の世界を再現する。わずか55歳で逝った橋蔵さんは愛妻家で知られていた。『徹子の部屋』で橋蔵さんが明かした家族への想い、妻・真理子さんが語った亡夫に寄せる愛をVTRで伝える。香山さんは2年前に夫を亡くしたばかり。いま改めて「夫を亡くした真理子夫人の悲しみが分かる」と胸中を明かす。

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/



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徹子の部屋 香山美子~昭和の名優・大川橋蔵さん生誕90年
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  12. 自分
  13. 女形
  14. 随分
  15. 大川橋蔵
  16. 主人
  17. 新幹線
  18. 多分
  19. 年間
  20. お前


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♬~「かけて…」

(黒柳)『銭形平次』でおなじみの
大川橋蔵さんが

この世を去って35年。

今年は 生誕90年になります。

そこで今日は ドラマで長く

平次親分の奥さんを
やっていらっしゃいました

香山美子さんに
お越しいただきました。

どうも
よくいらしてくださいました。

いろいろ 橋蔵さんの事を
しのびたいと思っています。

ずっと… 14年間?
そうですね。

気が付けば14年。 長かったですね。

でも あっという間の
出来事のような気もします。

そうですか。 亡くなったの35年前。

亡くなったのは12月7日。

今年は 生誕90年に
当たる年だそうでございます。

生きていらしたら
90歳っていう事ですよね。

55歳で亡くなった…。

でも 本当に素敵な方でした。
私も大好きなの。

しゃべり方も江戸っ子風でね。
そうですよね。

本当に 江戸っ子風でした。

でも 随分早く
亡くなったんですね。

55歳で。
そうですよね。

『銭形』が 888…。

888回で終わって
打ち上げをやって

「いろいろと これからね
よっちゃん 舞台の方もね

いろいろとね… もっともっと
トライしてみたいんだ」って

仰ってたら
確か その年の12月…。

同じ年だと思います。
…と思います。

もう青天の霹靂でしたね。
亡くなったのはね うん。

でも
随分 おキレイな方でしたよね。

そうですね あのね…。

なんていうんでしょう あのね…。

チャーミングなんですけれど

いなせで キレが良くって

本当に素敵だったんです。
そうなの へえ…。

私 あの方がね

女形で歌舞伎に出てらした時から
見てたんですよ。

お古いですね。
そう ちょっと古いのよ。

女形で… とってもキレイな
女形だったんですよ 当時 若くて。

ああ…。

踊りが大好きな方で
いらっしゃったからね。

そのあと 映画に
いらっしゃったんですけどね。

ああ そうでしょうね。

ちょっと VTRで
見ていただいてよろしいですか。

うわっ!
あっ。 これ 女形の時の。

キレイ。 可愛い。
本当ね。

顔が小さい。
ねえ!

うわー!
可愛い!

いやあ… あら 懐かしい!

我が夫でございます。
本当ね。 14年間 夫で。

「これが本物の…」

「地獄の暮らしは長かった」

「野郎!」

腕の振りがね なんとも言えない。

お上手だったでしょ?
立ち回りなんか。

ええ。

ちょっとね 昔の事なので…
ちょっと 色が…。

そうですね。

♬~

素敵。

どうしてもね 殺陣の…
なんていうのかしら。

男性的な立ち回りと

流れるような…
その中で凛としてるみたいな。

橋蔵さんって 多分 踊りが
大変ね 素晴らしい方でしたので

振りのような立ち回りで
それでキレが良かったんですよ。

あっ そうなの?
うん だからね

これ見ててもね
ほれぼれしちゃう。

ほれぼれしちゃう? そうなの。

スタジオに 平次親分の世界を
再現いたしまして

いろんなもの
お借りできるものとか

いろんなものを
持ってまいりましたんですけど。

なんといっても 橋蔵夫人が

特別に 遺品の十手を
お貸しくださったの。

これ?
そう それですって。

私ね 14年間 ご一緒させて
いただいたんですけど

プライベートで
触った事がないので。

そう 十手って
こういうもんだったんですね。

ええ。
だから 重さも何もわからない。

ちょっと触って…。
よろしい…?

いいんじゃないですか?
真理子さんに叱られないか…。

いいんじゃない?
貸してくれたんですから。

ちょっと触らせていただきます。
どうぞ。

これ 橋蔵さんが
握ってらしたんですね。

うわっ! 重いのね 結構。

これで… いや あっ 大変!

重いですよ。
重い? あっ 本当。

ええー! これ 刀と同じですよね

言ってみたらね。
そうですよね。

まあ すごい!
ありがとうございます。

奥様はね
これを貸してくだすって。

それから 台本は 全部

ああいう風にまとめて
本のように…。

懐かしい!
888回分の台本が。

キレイに ああいう風に製本…。

そうですよ 888でした。

このね 台本にね
橋蔵さんの手書きの

いろいろ ダメ出しとか

いろんな ご自分の考えとか
書いておおきになったりとか。

私ね いつも
お隣に座らせていただくというか

席が 割と決まるんです。

ガンガンという…
石油缶に火をおこした。

こう当たりながら…
大体 隣なんですね。

そうすると
「ちょいちょい…」 読みながら

「おい ペン!」とかね 言って

こうやって 自分で
こういう風にやって

書いてらっしゃいましたよ。

いろいろ手書きのね
書き込みが いろいろあって。

でも めったに
そういう事なさらないけど

一度だけ
なんか 演技指導みたいの

してくださった事が
あるんですって?

あのね 一度だけね 私…

教えられたというか
じれったくなって

「違う 違う 違う! よっちゃん
違うよ それ! 違うよ」って。

それはね 短いのれんを
ふわっと開けて

出ようと思って あっと思って

パッと こう振り向く
何げないしぐさがね

こう いったら あら…?
どうしていいんだかわかんなくて

一生懸命 そこを
ライティングの間に練習してたの。

そしたら 座ってらした橋蔵さん

「違う 違う 違う…!
よっちゃん

こうやって
ひょっと開けるだろ?」。

「こうやって ふわっといって
もう1回 なんか

あっ! ってきた
それで こうなればいい」。

そんなね
踊りの振りみたいにやられたら

かえってできません。
今でもできない…。

でも そう… 教えてくださった?
そうです。

橋蔵さんは 奥様の真理子さんを
とても愛していらしたって。

あの… 撮影中に

まあ ライティングとか

打ち合わせ… スタッフの方が
やっていらした その間に

「真理子がね」「真理子がさ」って。

そう 噂を。
私 受け身で

「あっ そうですか」
「あっ そうですか」って。

キレイ。

あっ 結婚式…。
ねえ 素敵。

本当に でも
橋蔵さんっていうのは

形のいい方でしたね。
女形の時でも。

そうですよね。

均整が
とれてるんですよね。

顔の大きさといいね。
そうです。

あのね ポジションが

目 鼻 口の
ポジションっていうんですかね。

とてもよろしい方だと思いました。

それから しゃべり方が
やっぱり 江戸っ子風でね。

東京弁っていうのかしら?
私 大好きでした。

そうですよ。 もうね
ダララララってしゃべるので。

フフフフ… 本当ね。
懐かしい。 よみがえりますね。

本当ね。 あら これ
どこか 旅行へいらした時の?

なんか いいですね。
ねえ。

例えば 私がね…

「よっちゃん 今日は泊まるの?」
って言うから

「はい 泊まります」って。

「あっ そう? それじゃあね
どこそこのね… で

一緒にごはん食べようね」
って言うんですよ。

で 「えっ?」って。
私 眠りたいんですよね。

でも 「寝たいです」とは
言えませんから

「はい わかりました」って
タクシー… 地図も

手描きのもので渡せばね…。
で 行きました。

ちょっと こじゃれた
カウンターのお店 行って

「なんでもいいから
好きなもの頼みなさい」。

「はい ありがとうございます」。

「うん 大丈夫
今ね 真理子も来るからね」って。

「えっ? あっ あっ…
3人デートなんですね」って。

それで ホッとしたっていうか
リラックス…。

そうか そうか。
2人だけだと思ってたけど。

緊張するじゃないですか。
いくら 女房役でもね。

プライベートには そんなお時間ね
いただいた事ないので。

あっ そうか。 そこに ちゃんと
奥さんもいらっしゃるっていう。

そう。
それで 盛り上がっちゃってね。

当時は
カラオケなんてないですから

弾き語りのお店…。

まあ 知り合いのね
スタッフの方の… 行って。

もう 本当にね
東海林太郎風に お歌いになって。

こういう ブランデーサワーが
あるんですよ。

でも これ テーブルの
インテリアで1滴も…。

お飲みにならない?
うーん…。

量は空いてなかったですね。
あっ そう。

真理子夫人はね
なんか うっとりというか

楽しいというか
ニコニコしながら

お歌を歌う夫を
眺めていらしたのを

今 思い出しました。
なるほどね。

今日の この 香山さんの
お召し物なんですけど

これは
プレゼントなんですってね。

はい。 多分 打ち上げというか

最後に…

「ありがとうございました」って
書いてありますから

多分 お礼というね

すごく恐縮するような形で
いただいた あの…。

橋蔵さんから?
そうです ええ。

それが… その時に
「真理子と一緒でね」って。

そこにも真理子さんが登場する…。
後ろに ございますが。

これですね。
そうです そうです。

うわー…。
それで そのお着物が

奥様が 同じお着物をお持ちなので
今日 お運びくださって。

あなたと おそろいという事で。
いや 初めてお目にかかりました。

そう? ご存じなかった?
ええ。 それは もちろん

「真理子とね 2枚なんだよ」
っていうのは伺いましたけど。

お目文字いただいたのは初めてで。

そう。 でもね
本当に なんか… 変わってる。

ご自分でデザイン
なすったみたいなんですって?

ですから これ 作家もの。
「大川橋蔵作」という。

キャンバスに絵を描くがごとく
デザインされた…。

それ 縦の線が入っているとこも
随分 変わってる。

あっ 本当だ。
「大川橋蔵」ってサインが入ってる。

あのボーダーがね
すごくモダンで。

本当ね。

シンプルなのにね
華やかで上品でって。

あの方 絵をお描きになってたの
知りませんでした。

本当に お描きになってたのかなと
思うぐらい。

なんか あの…
最後の家族写真の時に

奥様がお召しになって
いらっしゃるようですよ。

へえー! そうなんですか。
ええ。 これ… この時。

あら 本当だ。
このお着物ね そうですよね?

へりが ずっと縦になってて。
あら…。

でも こういう
お立ちになる時でも 本当に

大川橋蔵! っていう感じで
立ってらっしゃるね。

真っすぐ。
そうですね。

立ち姿 よろしいですね。
坊ちゃんたちも

随分 大きくおなりでしょうね。
きっとね。

智ちゃんに 貞ちゃんね。
あら 懐かしいわ。

最後の
家族写真だっていう事ですから。

あっ そうなんですか。

次男の貞仁さんは

俳優の道を 今…。
そうですね うん。

お母さんが楽しみだと思います。
本当ね。

なんか 昼の妻が あなたなの?
アハハハ…!

夜の妻が…。
私じゃないですよ。

それは 真理子夫人が

そう仰ったんですよ 何かで。

何かの拍子に パッと軽口でね。

で それは あの…
私は銭形の女房で

「実際は 私が女房なのよ」
っていう言い回しを

「昼の女房」「夜の女房」って
大笑いした事がございました。

『徹子の部屋』が開始しました
次の年に

大川橋蔵さんが
ご出演くださいました。

快くご出演くだすって
とても素敵なお話

いっぱいしてくださいました。
ちょっと ご覧ください。

「今日は 大川橋蔵さんに
おいでいただいておりますけど」

「まあ ようこそ
おいでくださいました」

「前から おいでいただきたいと
思ってたんですけど…」

「私もね たまに この番組
拝見するんですけどね

なかなか面白い番組ですね」
「ありがとうございます」

「おうちのお話なんですけども
京都に もうね 20年お住まいで

ご家族 皆さんでお住まいで
まるで なんか

テレビのホームドラマのような
生活してらっしゃるって 本当?」

「そうですね… 割合とね」

「割合と 家庭的な事
好きな方ですからね」

「それで 日曜大工みたいな事
っていいますか

とても そういう事が
お上手でいらっしゃるんですか?」

「橋蔵さんご自身は」
「ええ。 割合とね

じっとしてるのが
あんまり できないんですかね」

「何かやってますね。
うちに帰ってきても

何かやってるんですね」
「じゃあ 奥様としては

随分 ご生活のしやすい旦那様ね」
「僕は そう思いますけどね」

「奥様は なんと
仰ってるんでしょうか」

「お住まい… 今日 とても素敵な
お洋服なんですけど

全部 洋風で
お住まいなんですって?」

「いつも 普段は
サラリーマン的な あれですよ」

「“サラリーマン的"って 本当に

なんとなく そう仰ると
あのね… 部長さんとか

なんか そういう…」
「課長ぐらいと違いますか?」

ハハハハ…!
フフフフ…!

懐かしい。
どうですか? ご覧になって。

いや… もう あのままですね
普段はね。

決して 偉ぶる事がなくて
平らで。

ちょっぴり しゃべり方に
やんちゃ坊主的な…

やんちゃなところが
おありになって。

で ユーモアもおありでね。
ええ。

本当に 「こんな事
やってられないんだから!」とか

言いながら
「出番です」って言ったら

「はいよ!」って。
なるほどね。 ご家族でもね

旅行なんかしてらしたのね
こんな風にね。

一家団欒ですね。
ねえ 本当ね。

いい思い出が
いっぱいおありなんでしょうね。

本当にね 奥様もおキレイな方ね。
ええ。

素敵な方ですよ。 うわー…。

なんか
とっても ご家族を愛して

家庭的だって仰ってましたけど

本当に さっきも申し上げたけど

私が その現場に入って…
撮影の現場に入って

「真理子」という言葉を
どのぐらい聞く…。

聞き飽きてますよって
言いたいぐらい。

「真理子」ってお名前を?
あっ そうですか。

でも 残念なんですけど
VTRの あの…

ご葬儀の場面がありますので
ちょっと ご覧ください。

「喪主 丹羽真理子殿」

「(読経)」

「本当に素晴らしい主人でした」

「なんていうんですか…
無理な事も言いませんし

そして 何が一番の楽しみなの?
って言ったら

女房をキレイにして
連れて歩く事が

一番の喜びだ
なんて言ってくれる人は

この世の中に
そう何人といないと思います」

「だから 本当に
いい主人に巡り合えて

私は結婚できまして。
本当に つい この間まで

竜宮城の乙姫様のようにして
暮らしてましたので…」

なるほどね。
はあ…。

いいですね 相思相愛という。
本当ね。

いや 竜宮城の乙姫様…
素晴らしい言い方ですね。

でも 最後に
なんか 真理子夫人に

「子どもを頼む」と
仰ったって。

「私も連れてってくれ」って
仰ったそうです。

そしたら…。
あっ 奥様が?

「お前は残れ」と。
「子どもを頼む」と。

本当に
そう仰ったようですよ。

私 聞いて… 今になっちゃうけど
本当に泣けました。

本当… 奥様が
「一緒に連れてって」って?

ええ… そう。

必死の 多分
お気持ちだったと思うんですけど。

それをね 「お前は来るな」って。

「まだ こっちにいてくれ」と。
「子どもを頼む」と。

最後まで格好いいじゃないですか。
本当。 それから最後に

「お前は宝だよ」って
仰ったって。

うわー… ガクッときます。

すごいな…。
こういう方にね そういう事を…

言葉をかけておもらいになった
奥様が…。

それは 竜宮城の乙姫様ですよね。
本当にね。

でも 特に あなたは
いつも 14年間も

ずっと ご一緒でいらしたから
そういう方が亡くなる時に

そういう事を
仰ったっていうのは

きっと 身に染みると思います。
そうですね。

とにかくね 偉ぶらない方。

普通 自分が大スターであれば

少しはね 上から目線で
ものを言うじゃないですか。

なかったですね。
うん。

子どもの扱いは 新幹線の事で
とても あなたは感銘を受けたと。

ご夫妻は
まあ 当然 グリーン車…。

新幹線でね。
新幹線で 東京へ赴く時。

普通だったら 親子4人が
グリーンって思うじゃないですか。

子どもも… そうそうそう。
自分たちは

グリーンで座る権利といいますか
当然 ありますけど。

お前たちは 親とは違うんだよ
っていう事を

おのずと幼い頃から教えてた。
あっ そう。

言葉もあったでしょうけど
その行動で。

じゃあ 子どもは
グリーン車に乗れないの?

もう 普通車で 2人で…
東京駅で待ち合わせてっていう。

同じ新幹線に 親御さんも
息子さんたちも乗ってるから

それはそれで
安心なんでしょうけど

すごいなって。
でも それにしてもね。 そうなの。

でも そういうところが なんか

橋蔵さんらしい
っていう感じしますよね。

そうですね
やっぱり 橋蔵さんって

いろいろと ご苦労が

おありになったんではないかと
思いますから 小さい時にね。

その頃 培われたものが
良き家庭を築こうっていう

方向付けをしていらしたんじゃ
ないかなって思います。

子どもに勘違いをさせたくない
という事だったんでしょう。

でも 随分 いろんなとこに
お連れになったのね。

こうやって見てるとね。
そうですね。

背景が全部 違いますもん
バックが。

ハワイまで行ったんだ。

みんな そろってる!
本当。

いやあ 本当に…
もう一度 申し上げますけど

あの立ち回りは華麗…
華麗でしたね。

あなたは三條正人さんと ご一緒…
結婚なすったんですけど

それも 『銭形平次』が
始まってからだったんですって?

えーっと そうですね ええ。

ですから 当初は それこそ

「昼の夫」「夜の夫」という
言い回しをすれば

本当に 昼の夫との生活の方が
長うございました。

あっ そう? へえ…。

ええ そうですね。 本当に あの…。

でも そうやって…
歌手でいらしたんですけど

お亡くなりになった… 2年前。

あっ もう2年
あっという間ですね 経ちます。

その時
おいでになっていただいて

いろいろ ご主人の話
伺ったじゃありませんか。

ああ… そうでしたね。

もう 矢のごとく

時は経ってしまうんだなと
思います。

今 どんなお気持ちですか?
2年経って。

いや あの… いないという事には
慣れるんですけれども。

それは 時とともに…
時は どんどん…

ねえ 無情に流れていって
去ってしまうもの。

ただ 時々 やっぱり

心頼りないという思いは
よぎりますね。

あっ… それでね 真理子さんが

橋蔵さんの一周忌の時に
東京のどこかのホテルの広間で

その 一周忌の
しのぶ会っていうんでしょうか。

それを おやりになった時に
私も そこへ行って

ひと言 お悔やみといいますかね

懐かしいけど 残念でしたね
みたいな。

で どんどん 夫人は立って

皆さんに 「ありがとう」って
こう ごあいさつして。

私の時は ハッと…
やっぱり なんていうんでしょう。

緊張が解きほぐされる
っていうんですか。

あっとしたら 目が
パッとピンク色になって 手を…。

私も思わず… こちらは もう
女房同士っていう

おこがましい言い方ですけど。
でも まあ 女房として…。

その雑踏の中で ふっと
袖を振り合った時がありまして。

その時 真理子さんが
ぽつっと言うでもなく

つぶやいたのを忘れられない。

確か… 「死んでしまったら
おしまいですものね」って

仰ったんです。
うんうん。

それがね その時は わかって…
わかってはいるけど

そりゃそうなんだって思ったけど
実際 なったら

その言葉の重みっていうのは
すごい…。

あなたも
ご主人を お亡くしになって。

ええ そう思って。
だから 今 なんか

真理子さんの気持ちが
よくわかるというね。

「死んでしまったら おしまい」。
「おしまいですものね」って。

私に言うわけでもない…。

ご自身につぶやかれた…
吐露した言葉だと思うんですけど。

すごい重みのある言葉を
つぶやかれたなっていう思いは

今 しますけどね。
なるほどね。

じゃあ 今度は
あなたが橋蔵さんに

言葉をおかけになるとしたら
どんな感じ? 今だと。

いや 私は…
やっぱり 華麗な方でしたから

そのイメージを大事にしたいし。
うーん あの…

粋で いなせなね…
映画を見ても そうですしね。

あのお姿を いつも

大事にしていたいなって
思いますね 本当に。

本当に千両役者だって思います。

なるほど。 でも 本当に

私も歌舞伎でも拝見した時も
そうでしたけど

なんともしれない魅力が
ある方でしたね。

醸し出された魅力っていう…。

そうよね。 でも 『銭形平次』も
本当 素敵でしたものね。

素敵でしたね。 財産です。
どうも。

(拍手)

(菊村 栄)〈世紀の試合を
なんとか終えて


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