あの日 あのとき あの番組「“男はつらいよ”~日本人の心と響き合った50年~」時を超えて人々に愛される寅さんの魅力…


出典:『あの日 あのとき あの番組「“男はつらいよ”~日本人の心と響き合った50年~」』の番組情報(EPGから引用)


あの日 あのとき あの番組「“男はつらいよ”~日本人の心と響き合った50年~」[字]


12月に、映画「男はつらいよ」の新作が公開されます。ご覧いただく番組は、国民的映画の舞台裏に密着したNHK特集。時を超えて人々に愛される寅さんの魅力に迫ります。


詳細情報

番組内容

12月に、映画「男はつらいよ」の新作が22年ぶりに公開されます。主演は渥美清さん。令和の時代に「寅さん」が帰ってきます。ご覧いただく番組は、国民的映画の舞台裏に密着したNHK特集「寅さんは生きている」です。脚本作りのために、山田洋次監督が全国を旅し、ひたむきに生きる人々の思いに耳を傾ける姿などが克明に記録されています。時を超えて人々に愛される理由はどこにあるのか。色あせない寅さんの魅力に迫ります。

出演者

【出演】倍賞千恵子,立川志らく,【司会】森田美由紀


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あの日 あのとき あの番組「“男はつらいよ”~日本人の心と響き合った50年~
  1. 映画
  2. 自分
  3. 監督
  4. 渥美
  5. 本番
  6. 本当
  7. カット
  8. お兄ちゃん
  9. 人間
  10. 今日
  11. 山田洋次
  12. 山田
  13. 山田監督
  14. 山田洋次監督
  15. 寅次郎
  16. 面白
  17. テスト
  18. 作目
  19. 泥棒
  20. 電車


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♬~

生きてたの。

お兄ちゃん!
さくら。

お兄ちゃん…。

苦労かけたなあ。

ご苦労さん。

<映画「男はつらいよ」の新作が
22年ぶりに公開されます>

<主演は 渥美 清さん。

令和の時代に 寅さんが帰ってきます>

金よこせ。
泥棒!

<1作目から50年を迎える国民的映画。

今日は その舞台裏に密着した

1985年放送の
「NHK特集」をご覧頂きます>

<脚本作りにあたって 山田監督は
寅さんのように全国を旅していました>

理想と現実の違いっていいますかね…。

<ひたむきに生きる人々の思いに
耳を傾けていたのです>

<時を超えて 日本人に愛される秘密は
どこにあるのでしょうか。

色あせない寅さんの魅力を見つめます>

懐かしい。

こんにちは。 1969年に初公開された
映画「男はつらいよ」。

それからの50年

渥美 清さん演じる 寅さんが
巻き起こす騒動に

笑い 涙された方
多いのではないでしょうか。

今日は NHKに残された
貴重な映像をご覧頂き

寅さんの魅力を語り合ってまいります。

お二人のゲストの方
ご紹介いたしましょう。

寅さんを語るのに この方を欠かせません。

妹 さくら役を 第1作から
ずっと演じていらっしゃいます

倍賞千恵子さんです。
よろしくお願いいたします。

そして この「男はつらいよ」の
シリーズ全作を

3往復 ご覧になっている…

3度ではなくて
3往復 ご覧になっていらっしゃる

大ファンという
落語家の立川志らくさんです。

よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。

早速ですけれども

22年ぶりに「男はつらいよ」が
復活するというお話を聞かれた時は

どんなお気持ちでしたでしょうか?

「私 どうすればいいんですか」って
監督に…。

とりあえず 開口一番
そのお話聞いた時

「私 どうすればいいんですか」って
言ったら

「そのままでいいんだよ」って
おっしゃったんです。

「お兄ちゃんは どうするんですか」って
言ったら

「いや 出てくるよ」っておっしゃってて。

だから どんなふうに
なってくのかなっていう思いと

私は どうすればいいのかなっていう
思いが すごく最初は強くて。

22年のブランクがあった時に
どうしようかっていう…。

本当に どうしようかと思いましたし

だから しばらくたってから
クランクインより もっと前に

ちょっと
テストのカメラを回したんですね。

前田 吟さんと一緒に…

私 先行ってて 前田さんが来たんで
「おはよう」って言ったら

吟ちゃんも 眼鏡かけてて
私も眼鏡かけてて

「どうする?」「いや 俺 取るわ」って
言って。

そんなふうにして撮影をした時に
山田さんが そのフィルムを見て

「何か 分かんないけど
2人とも 何か若いんだよね」って。

もうちょっと 例えば 歩き方とか
髪形… 白髪とか その辺かな。

何か もうちょっと工夫してって
言われましたね。

22年の流れの中で

どのくらい 人が年を重ねると
変わっていったかっていうことを

山田さんは もうちょっと的確にって

思ってらしたんじゃないかなと
思うんですけどね。

大ファンでいらっしゃる志らくさんは

ついに この新作には
出演を果たされましたけれども。

そうなんですよ。

もう ただただ
私は「男はつらいよ」ファンで

落語でも「男はつらいよ」全シリーズ
一人語りなんてやって

それ 山田洋次監督が見に来てくれて

それで 寅さんの見どころをバ~ッと
30~40分語ったらば

山田洋次監督が 「この志らくってやつは
俺より詳しいな」つって。

もう 山田洋次監督が認める
「男はつらいよ」博士みたいな形になって

私も出演させてくれるっていった時には
もう 夢どころじゃないですよね。

びっくりして。 こんな うれしいことが
起きていいのかっていう。

そもそも
寅さんのどこにハマったんですか?

子どもの頃は 面白いんだけど
そこまでハマってなかったです。

だけども 落語家になってから

私が結構 敬愛している人が
みんな 「男はつらいよ」好きなんで

ちょっと ちゃんと見てみるかな。

1作目からビデオで見始めたら
面白すぎて。

まあ 日本人の笑い
落語と通ずるような笑い。

それから 人情もあるしね

かなり… 表面的には出てこないけど

世の中 ぶった切ったような
そういう風刺もあるしね。

こんな面白い映画ないなっていうね。

その「男はつらいよ」のシリーズですが

1983年 一人の俳優が演じた
最も長い映画シリーズとして

世界記録に認定されました。
その記録は今も破られていません。

今日は そのシリーズ34作目
「寅次郎真実一路」の製作現場に密着し

山田洋次監督が どのように

この世界一長いシリーズを
生み出したのか

その過程や苦悩に密着した番組を
ご覧頂きます。

この番組
どういうところを注目されますか?

山田洋次監督の
こだわりとか厳しさだとか

そこら辺は 現場で
私は たった2度ですけれども

コメディーなのに 何か もう

八甲田山で撮ってるんじゃないか
っていうぐらい緊迫してて。

もう ソフトな感じで言ってるんだけど
ものすごいピリピリしてる。

ここは 絶対譲らないとか そういうのが
何か もう伝わってくるから。

本当に OKが出た時には

「ああ よかった 助かった」
みたいな感じで。

だから そこら辺を…
今現在 そうなんだけど

若い頃 どんな感じだったのかな
っていうのは とても知りたいですね。

そして 倍賞さん どうですか?

きっと 亡くなってる方の方が
多いかなって思っちゃう…。

楽しみですね。 スタッフをひっくるめて
山田さんが うんと若い時の…。

私も すごい見たいなと思いますし
自分も どうだったかなと思うし。

それでは ご覧頂きましょう。
1985年放送の

「NHK特集 寅さんは生きている
~山田洋次の世界~」です。 どうぞ。

ちょっと ごめん! ごめん 前 ごめん!
もう… もう そっちに行かないで。

カメラの向く方に行かないで下さい。
写真撮る人は!

あの人で隠れて 見えないのよ~。

渥美さん もうちょっと最初から
道路の真ん中ぐらいを…。

あの… ふじ子さん
もうちょっと こっち側を。

渥美さん
それは ちょっと寄り過ぎかな。

渥美さんは もうちょっと
センターぐらいです。 よ~い はい!

日本のどこにでもいる日本人を

日本人の目で捉える
映画監督がいます。

車 寅次郎と共に16年を生きてきた
山田洋次監督です。

はい 続けていきます。

よ~い…。
本番!             はい!

(シャッター音)

あの… 今度は え~っと… あの…

寅さんが人妻に恋をする話です。

寅は 自分の気持ちを
抑えることができなくなる。

しかも まあ そのことで
自分で 非常に苦しみ抜くという

自分の この気持ちが
非常に間違ってるという

自分は醜い人間だと。
苦しみ抜くという物語です。

(取材者)大原さん いかがですか?
寅さんをのたうち回らせる

人妻だそうですけれど。

のたうち回らせるっていうほどでは
ないと思います。

それは あなたの責任じゃない…。
(笑い声)

それほど自信がございません。

(取材者)
渥美さんの中での寅さんというのは
どういう存在なんでしょうか?

はっきり言って スケベなとこもあるし
欲深なとこもあるし

いろんなとこがあるわけですよ。
そういうのを寅っていうのは

どんどん どんどん
削り落としてくんだよね。

こう 裸で ず~っと
空に昇天していくような感じが

何となくしてくるのね。

そういうところが こう ちょっと
かなわねえなっていう感じはします。

金びょうぶを背にして
製作発表が華やかに行われている頃

撮影所では とらやの立て込み作業が
始まりました。

山田組と呼ばれる50人のスタッフは

第1作から ほとんど同じメンバーで
構成されています。

山田監督は 縦の人間関係より
横の連帯を大事にします。

心の通い合ったスタッフ作りが
先決です。

車 寅次郎が産声を上げたのは

昭和44年
港区赤坂の旅館の一室でした。

シナリオは
毎回コンビを組む朝間さんと

およそ1か月
この旅館に籠もって 執筆されます。

ストーリーは 二転三転して
やっと決まります。

今回は 証券マン蒸発という
1行の新聞記事がヒントになり

1時間50分の物語に広がりました。

山田洋次の笑いの世界は
心身をすり減らし

張り詰めた緊張感から
生まれてきました。

一番 やっぱり つらい仕事だなあ
脚本 書くっていうのはね。

毎回 だから こういうふうにして
仕事始める時は

つまり
高い山に これから登ろうという

その麓 1合目辺りにいる感じでね

てっぺんを見ると 何か とても
気が遠くなってしまうから

あまり てっぺんを見ないように
なるべく 一歩一歩 目の前

足の先だけを見て
歩かなきゃいけないと。

そういう感じね。

上見ても怖いし 下見ても怖いしという
段階に これからなっていくんですよ。

行き詰まると
監督は 気分転換に旅に出ます。

いつも持ち歩いている
取材ノートには

200人を超す人たちの住所が
克明に記されています。

魚屋の主人 国鉄職員
夜間中学の教師 酪農家。

いずれも 地道に
コツコツ働く人たちばかりです。

そのほとんどが ロケハンや
旅の道すがら知り合った人たちです。

最初の発言が忘れられませんよね。

要するに 玉井さん 「もう 酪農は
やっていけないんです」って

ねえ 今から16年前に
おっしゃいましたもんね 17年前ですか。

僕はね あの…
みんな あれ バスに乗り遅れるって

よく言いますよね。 人と一緒に…
一生一緒に行けないと 何か不安で。

僕はね ずっとね 入植以来 もう
バスに乗り遅れっ放しだと思うんです。

本当。
(山田)そうですね。

寅さんはね
スターターが ピストルが…

スターターのピストルが鳴っても
走らないっていうとこがありますね。

だからね すごく共鳴してるわけです。
僕も やっぱり あの…

ピストルが鳴ろうと どうしようと
走らないですね 僕は。 ハハハッ…。

渥美さんに言わせると 寅は なぜ
いつまでも結婚しないでね

定職も持たずに
ふらふらしてるかっていうのは

要するに てめえが
かわいいんじゃないんですかって…。

そういうことですよね?
てめえが かわいいんですよね。

てめえを大事にする精神があるから
ほかの人に合わせたくないんですね。

合わせることに 何の意味があろうかと
考えてるってことでしょうね。

半年ぶりに とらやのメンバーが
招集されました。

予告編撮影のためです。

寒がりの寅さんは
完全武装で現れました。

タコ社長は バスと電車を乗り継いで
定刻に出勤です。

一見 勤勉そうに見えて
朝は弱い博さんは

今日も10分の遅刻です。

ジーンズに革ジャン姿で出勤した
さくらさんは

あっという間に変身しました。

まあ その話は それくらいにして
ごはんにしようか おばちゃん。

そうしよう。
ちょっと待ってくれない?

俺 あとのことについて
よ~く考えたいから…

飯 あとにしてくれない?

(笑い声)
ちょっと みんな あとになっちゃった。

ほとんどの作品の主人公が
いつも 風来坊なんですよ。

住所不定。

ですから それは 何だか一貫して

そういう人間ばかり
僕は描いてきたような気がするし

この寅さんという人物を作ったのは
むしろ 渥美さん…

渥美 清という 類いまれな俳優との
巡り合いなんじゃないんでしょうか。

彼の中から
浮かび出してきたっていうか

僕が 見つけ出してきたというか。

私は 上野の盛り場を背景にして

いろいろ そんな人物がいたっていう
雑談をしたんですから

そしたら そのところは
江戸川の流れが清くて

で 四季の花が しょっちゅう咲く
江戸川の堤があって。

それで 非常に
兄思いの妹 さくらがいるという

すばらしい設定にね 出てきたんで
びっくりしましたね。 ええ。

いけるっていうより 何か
そ~っと こう 何て言いますかね…

鳥肌が立つような この興奮がね
ず~っと ありましたね。

それは今でも よく体が覚えてますね。

で それと同時に その…
非常に嫉妬を感じましたね。

山田洋次という人に。

さくら!

ね この人 誰なの?
嫌だよ まだ分かんないのかい。

よく見ろよ。

いいんだ いいんだ。
無理はねえ。

5つや6つの ちっちぇえガキの時に
ほっぽり出して それっきりだい。

「親はなくても子は育つ」っていうが
でかくなりやがった。

あ…。

お兄ちゃん?

そうよ お兄ちゃんよ。

生きてたの。

お兄ちゃん!
さくら。

お兄ちゃん…。

苦労かけたなあ。

ご苦労さん。

小便してくらあ。

おい おい 便所 こっちだよ。
いいんだ いいんだ。

ちょっと待って ちょっと待って。
ほら いいところ いいところ。

すばらしい すばらしい。

監督は 無人駅にたたずみ

線路のない駅はないものかと
つぶやきます。

ここで果てしなく
電車を待ってるというね。

電車の来ない駅で
寅次郎は ひたすら電車を待ちわびる。

これが
映画のラストシーンになりました。

♬~

監督は 一日中歩き
立ち止まっては 風景に見とれます。

何の変哲もない
ごくありふれた日常生活の中から

素材を見つけ
ドラマを作っていきます。

ほらほら こんなところに着きました
っていう 一目で…。

いいところでしょ? ねっ?

「これよ 俺の村は。 俺は
ここで生まれたのよ」なんて言いたいね。

鹿児島ロケの舞台になる証券マンの実家に
ふさわしい旧家を探し当てました。

住んでない?
住んでないね。

お邪魔します。

このお宅は
今 住んでいらっしゃらない?

広いうちですよね。 ここは もうね
今 大阪に出ております。

広いうちですよ。
ええ。

この先も まだ…。

ああ そうですか。

広い… 広い屋敷ですよ。
そうですね。

近所の人の話では もう10年も前に
家族ぐるみで大阪に転居し

今は
誰も住んでいないということです。

最初に実家に行くだろうと。
その実家をどこにするか。

旅館に着くと 初めて
物語の全貌がスタッフに語られます。

セリフは全て コンピューターのように
監督の頭にインプットされています。

語り口は軽快です。

少年時代 父親に買ってもらった
落語全集を夢中で読み

親友に語って聴かせた体験が
物を言っています。

で あの上品なおねえさんが出てきて
おやじさんに案内する。

すると そのおやじさん
何だか 変に黙りこくった

恐ろしいおやじさんでね いろいろ
兄嫁と お嫁さんが話してるんだけども

寅は 何だか そのおやじさんが
怖くてしょうがないみたいな。

突然 何か おやじが叫ぶみたいなね。

「あいつは…
あの情けない バカ者が」なんて。

「仕事が つらいからって
逃げ出すような者は許さん!」なんて

どなったんでさ 寅が びっくりして
逃げ出すみたいな。

このなげしに置いてある
やりか何か…。

「このうちに帰ってきたら
俺が これで一突きよ」みたいな。

それが 鹿児島弁で
よく分かんねえからさ

だから 慌てて 寅は逃げちゃう。

山田洋次は 昭和6年に
大阪で生まれました。

しかし 物心付いた時には
ハルピンで暮らしていました。

父親の職場の関係で
奉天 新京 大連と

旧満州各地を転々としながら
少年時代を送りました。

日本に引き揚げてきて
東京大学に入学したのは

昭和25年のことでした。

昭和29年 大学を卒業した山田洋次は
映画監督の道を目指しました。

そして 幼い頃過ごした中国大陸と
どこか似ている

北海道を舞台にした名作を
次々に発表しています。

「家族」 「幸福の黄色いハンカチ」
「遙かなる山の呼び声」。

一作 作る度に
交友関係も広くなりました。

北海道でロケをすると 手弁当で
無料の勤労奉仕を志願する人たちが

監督の周りに集まってきます。

「とば」って
ドイツのね 向こうの方の言葉でね。

何か そういうふうなあれで
だから すし屋でもってやる

シャリっていうのがね
向こうのドイツ語らしい…。

シャリ何だかっていうのが
あるらしいですね。

シャリが?
ええ。

仏教の言葉じゃなくて?
そうですね。  仏教でしょう。

それでもってね シャリっていうのはね…。
仏教じゃ インドだよ。

いや インドですか。
ドイツじゃない。

(笑い声)

まだまだ…。

シャリが ドイツ語だったらな
珍説だよ こりゃ。

(笑い声)

やっぱり すしは駄目だね。
(笑い声)

車 寅次郎が この世に誕生したのは
昭和44年8月のことでした。

折しも 映画界には
斜陽の嵐が吹き荒れていました。

それから16年 フーテンの寅さんは
庶民の声援を背に受け

嵐の中を物の見事に生き抜きました。

ロケーションは 寅さんのふるさと
柴又 題経寺の境内から

スタートしました。

己の煩悩に気が付くということは
これは一つの進歩ですよ さくらさん。

そうでしょうか。
寅の苦しみのために お祈りをしましょう。

ありがとうございます。

これ! 己の姿が醜いと思わんか!

カット!

駄目! もっと ず~っと
一度 よけないと駄目。

ほんちゃん ちょっと 何だか多いよ。

バラバラ バラバラ バラバラ
って感じだ 今のは。

ちょっと… もうちょっと
ちらほら ちらほら ちらほらと。

余計に ざ~っと よけないと。
ずっと余計に よけないと。

そこは 愛情込めて 言って下さい。
寅が…。

カット。

これ! 己の姿を…。
(鐘の音)

カット。
(笑い声)

なし!
なしだって。

なし。 そっちもなし!

よ~い…。
テスト!        本番 本番。

よ~い… よ~い…。

あのばあさんがいいから いくよ。
よ~い… はい!

山田洋次が独り立ちして
初めてメガホンを取ったのは

30歳の春でした。

それから25年
休まず走り続けてきました。

そのエネルギーを支えたのは

少年時代に見た
「路傍の石」という映画でした。

山田少年は 一緒に見た ふみさんという
お手伝いさんの横顔を

今でも はっきり覚えています。

ふと気が付いたら 僕の隣にいる
その女中さんがね

女中さんは もちろん 内地で育って

年頃になって
満州に働きに来たという人だけども

ほっぺたをぐっしょり涙をぬらして
泣いてるんですよね。

で それが 非常に 僕は驚きでしたね。

この人にとって この映画が
そんなに悲しくって

しかも その悲しみっていうのは

つまり 新派悲劇のように
めそめそした映画じゃないわけでしょう。

だから そういう意味での
悲しみというよりも

共感っていうかな
吾一少年の たどる運命に対する

非常な共感から
この人は泣いてるっていうことが

子ども心にも分かるわけでしょ。

それは とても 僕にとっては
大きな驚きでしたね。

つまり この人と自分とは
そんなに違うんだというかね。

…と同時に 映画っていうのは
そういう力を持ってるんだっていうこと。

つまり それまで 僕にとって
映画っていうのは ただ おかしいもの。

おなかを抱えて
ゲラゲラ笑って見るもの。

そういう こう おかしくて
楽しいもんだったんだけども

こんなふうに まるで
自分のことのように

映画の主人公に
共感していくっていうかな

そして 涙をポロポロこぼして
見るような

そういう感動っていうものを
映画は持ってるんだっていうことを

つまり 僕は その女中さんを通して
こう 知らされたっていうかね。

それは 僕にとっては ある意味
大事な体験だったんじゃないかなって

自分が映画界に入ってから
よく思い出したりしますよ。

柴又ロケを撮り終えた
山田組50人のスタッフは

鹿児島に移動しました。

1週間で 薩摩半島を一周する
強行軍です。

はい!

どうぞ。
すみません。

あっ そうだ。
はい!

もうちょっと 何気なく…
何気なく見る。

ドアの目線の前…。

おしっこに… おしっこにでも行ったか
っていう感じで。

本番。
よ~い… はい!

すみません。

はい 駄目です。
カット。

今度 それを ず~っと寄せてみて。
今 明かり当たんなかったからちょっと…。

渥美さん もう一回お願いします!

取り出す… 腹巻きから取り出す動きを。

はいはい はいはいはい。
ちょっと低めの方が…。

もう一つ 下さい。
本番いくよ 本番…。 よ~い…。

明かりつけていってみよう。
よ~い… はい!

もう一回お願いします!
今のは…。

今のは テストだよ。 テストだよ。

ちゃんと聞いてろよ。
本番… 本番じゃないよ。

テスト。 本番。 よ~い…。
本番いきます。

ちょっと驚いて あら…。
よ~い… はい!

カット。 よ~い… よ~い… はい!

どうぞ。
あら おいしそう。

あっ そうだ。

はい。 いいですね。

今のでいいんですね?

見なかったけども 大丈夫。
今の芝居でいい。 いい いい。

はい それくらいの角度…。 本番。

山田監督の映画作りのポイントは

丹念にカットを積み重ねていくことに
あります。

僅か2秒か3秒のワンカットにも
十数回のテストを重ね

手抜きを極端に嫌います。

「黄色いハンカチ」の時

武田鉄矢が 25回のリハーサルで
やっと OKが出た話は

今でも 語りぐさになっています。

エキストラには
地元の主婦が駆り出され

野草が植えられ 画面の隅々まで
気配りを怠りません。

監督は 撮影中
大声で笑ったかと思うと

次の瞬間 ファインダーをのぞき
自分の探した映像に酔い

いちずに没頭します。

一見 リアリストに見えて その正体は
この上なくロマンチストなのです。

(拍手)

♬~(歌声)

朝晩の食事は スタッフ全員でとるのが
山田組の鉄則です。

酒を全く たしなまない監督は
いつも観客席です。

しかし
一度だけ 第9作の打ち上げの時

「菩提樹」を
原語で歌ったことがありました。

途端に 沸きに沸いていた会場は
水を打ったように静かになりました。

それ以来 監督の歌を聴いた者は
誰もいません。

出演させて頂きまして
ありがとうございます!

監督 ありがとうございます。

この宴会を一生懸命やらないと
また次に呼んでもらえない。

(拍手)

体調ですか?
僕は 口内炎が出来てるんでね

飯が食えなくなってきて
つらくてしょうがない。

(取材者)それじゃ
おかゆか何か食べてるんですか?

だから おかゆ食べてるんですよ。

エネルギーがなくなったのか。
ねっ。 ハハハ…。

情熱が少し… 情熱がうせてきたのか。
ハハハ…。

徹夜して 本 書き上げて
一睡もしないで

翌日 撮影したなんてこと
あったけどなあ。 もう10年ぐらい前。

(取材者)今でも 大体…。
でも 近年は そんな徹夜して

一睡もしないでってことは
もう できないですね。

山田洋次の映画は

ひたすら それを見る人たちの
喜びを願って作られます。

「これでは
お手伝いさんの ふみさんは

泣いてくれない 笑ってくれない」が
口癖です。

「映画をつくる」という著書の中で
こう記しています。

「地道にコツコツ働いて暮らす人たちを
笑わせ 喜ばせるのは

簡単なことではありません。

この人たちを楽しませることに
懸命になることこそ 尊く

もし 芸術というものが
生まれるとすれば

その努力の うんと先の方に
あるのではないかと考えます」。

山田監督は そのために 足しげく
地道に働く人たちを訪ねます。

そして 偽りのない肉声に耳を傾け

その生きた血を 映画の登場人物に
輸血しようと努めます。

のどかに こうね
のんびり暮らしたくて

根室原野へ来たわけなんだけど

何か その 理想と現実のね
違いっていいますかね。

やっぱり もう
11月下旬から12月になって

現在 そうなんですけども
地下凍結っていうのが

どんどん あれして コンクリートより
硬いわけですよね 今 もう 地上が。

まあ 本当に 何回 挫折したかったか
分かんないんですけど。

めいごさんの お嬢さんの話
面白かったですね。

寅さんみたいなお父さんが
いてという。

やっぱり 相変わらずで? おとうさんは。
(玉井)そうですね。

相変わらず 行方知れずで?
(玉井)はい。

面白い人がいるもんですね。

(玉井)
いや~ でも うちのお父さんは

寅さんよりも ずっと
立場悪いとかって言ってましたね。

息子が結婚するっていうのに
何をやってんだっていうことで。

そのおとうさん
年中 行方不明のおとうさんで。

(笑い声)

浪花節語りの弟子になった人…。
(笑い声)

結婚式の前の日にね
突然 ふらっと現れて

だから 親戚や みんな きょうだいが
わ~わ~怒ったんだって。

「お前 自分の…」。
息子さんが結婚するんですよね?

(玉井)そうです。
それで 本人も心外でね

「おめでとう」と言われないんで
それで懲りて

明日 結婚式の時 来ないだろうと思ったら
やっぱり ちゃんと来てね。

それで しかも ほら 新郎の父だから
最後に挨拶するじゃない。

これがね 浪花節の口跡がいいから
ぴしっと決まって…

みんな つい泣いたっていうから
おかしい。

そのおとうさんも 一世一代のさ…

大演説をやったんじゃないのかな
きっと。

声涙ともに下るやつを。

ひとつ それを 監督さん
映画にして下さいよ ひとつね。

(山田)なります 映画に。

撮影は
いよいよ秒読みの段階に入りました。

肝心のセット撮影が残っています。

監督は 近くの旅館に泊まり込んで
最後の粘りを発揮します。

何で俺が金を出すんだ!

いや そういうジェスチャーでしたか?
何で俺が金を出すんだ!

いやいや つっつかなかったでしょ。

いや 本番は触らなかったはずよ。

おばちゃんのセリフ 「あんた…」
「おばちゃんは黙ってろ」を

カットします。
はい。

渥美さん
おばちゃんの カットします。

一気に…。

その人たち捜すのに
いちいち俺が金出すのか!

そのために 警察ってもんがあんだろ!

いやいや 最後最後!

寅が金をわしづかみにするんで
わ~っと泣く。

ひと泣きしたら
あとちょっと こらえて下さい。

っていうのは
それで 寅さんの あの…

ちょっと死んじゃうんで。
泣きが あまり強いと。

その時 これで ええ
これで おいちゃん ちょっと…。

そのくらい。      そこで おいちゃん
ちょっと我慢。 ちょっと押さえる。

「泥棒!」。                「泥棒!」。
ちょっと待って ちょっと待って。

おいちゃん… おいちゃんがして下さい。
おいちゃんが。

押さえる。 「泥棒!」。

誰か!
義兄さん それはいけない!

こうやるの。 「泥棒!」って。
はい。

いこう!
本番。   本番。

はい!

何で俺が金出すんだ!
知らねえ人間だったら

どんなに苦労してでも構わねえって
言うのかよ!  バカだな てめえは!

世の中にはな 行方不明になった人間は
何万人といるんだ。

その連中 捜すのに いちいち
この俺が金出すのか! バカ!

そのために警察があるんだよ!
理屈じゃないんだよ こういうことは!

金よこせ!
泥棒!

義兄さん それはいけない!
お兄ちゃん やめなさい!

あ… お兄ちゃん。
やめなさい お兄ちゃん!

カット カット。

撮り終わるでしょ。 まあ みんな
くたびれちゃいますわね。

がた~っとしても あの…

ちょっと 搾りかすみたいに
みんな なっちゃうわけですよ。

そうすると その次は 今度は
どこら辺の土地でロケしますかなんて

雑談が また出てくるでしょ。

「早めに 本 書かないと
ススキがなくなっちゃいますよ」なんて

そんなようなことを
みんな言ったりしてね。

だから これ まあ ここんとこ
おかげで 早く年取っちゃいましたね。

駆け足で。

何か あの… 熊谷直実でしたか
あの人が

「十六年は 夢のまた夢」って
言ったけどね。

ああいう英雄は そういうことを
しみじみ かみしめたんだろうけど

こっちは 「16年は もうたっちゃったの?」
っていう感じですよ。

「夢のまた夢」っていうよりもね。

「聞け 怪獣。 お前が憎いわけではない。
わしが 本当に憎むのは

お前を そのようにしてしまった
愚かな文明だ!」。

「ト~ ラ~!」。

「怪獣 覚悟!」。

「ト~ ラ~!」。

「ト~ラサ~ン!」。

もうちょっと…。

ト~ラサ~ン。

今頃っていうのはね
一番後悔してる時ですからね。

ハハハハッ。
こうして スクリーン見ながら

ああすればよかった
こうすればよかったと

そればかり思ってる時ですからね。

ただただ この不安と… ハハハッ。

これで格好になってるのとか
どうなのか

それは… 自分じゃ 見当がつかない
っていう感じですね。

寅さんは進歩しないし。 さっぱりね。

つまり いつまでも
寅のままでいるでしょうしね。

うん… で いつかは みんなの話題から
ふと消えて

「あれ? そういえば 近頃
寅 どうしてるかしら」と

まあ 柴又の人が思うように
観客も思うということで

いつかは消えるんでしょうけどね。

作品が完成すると
監督は深夜の映画館をはしごします。

そして 涙をすすり 笑い転げる観客に
励まされ

新たな気分で次回作の構想に入ります。

今日は 七五三で来るわけですけどね
そしたら お天気で よかったなと。

これが雨降って 着物がぬれたらね
洗濯が大変だろうとかね

そんなね つまんないことまでね
心配しながらね

商売をしてるんですけどね。

この参道の人たちは みんな
そんな気持ちなんですよ。

なるほど 山田監督がやってる
「男はつらいよ」という映画っていうのは

うそじゃないんだと。
あんな気持ちは やっぱり まだ

こんなとこにも残ってたのか
っていうことがね

来て頂いた方が分かってくれりゃあね
いいなと思いながらね

営業しております。

一人の日本人 山田洋次が
さまざまな庶民の血を注ぎ込み

手塩にかけて育て上げたのが
人間 車 寅次郎なのです。

♬~

1985年放送の「NHK特集」を
ご覧頂きました。

倍賞さん 34年前の番組でしたが
いかがでしたか?

何か思いがいっぱいで…。

いや~ やっぱり みんな
若かったんだなって思ったのと

私も この映画の中で
社会とか世間とか

それから 人間を学んだなと思って
ず~っと思って 今も思ってますけど。

演技とか何とかっていうより
人間の見方を学んで

注入されて 注射されて
それで 自分が役者として

人間として育ってきたのかなってことを
今 見ながら つくづく思いましたし

山田さんが いつも頭の中で 人を見ると
ず~っと いつも観察してて

忘れないで それが どこかで

いろんな作品の映画の中で
生かされていく。

この人は きっと どこかで
会った人なんだろうなっていうことが

とても 今日
また改めて思いましたけど。

あとは 渥美ちゃんも…
美しいなと思いましたね つくづく。

いろんな意味で すっと立ってても
美しいんだけども

何でしょうね 姿勢…
人間としての姿勢が美しいから

何か
どこで どこに どんなふうにいても

後ろ姿でも 前から見ても 横から見ても
何か こう 見た瞬間に 「ああ」…。

ず~っと見ていたいなって
思っちゃうっていう。

久しぶりで… こう見てて

若い時と そんなに 何だか変わらない
って感じがしましたね 今日。

志らくさんは いかがでしたか?

現場での演出が
私が体験した時も思ったんですが

今見ても 速いんですよ ものすごく。

「ここのセリフ カット。
はい ここ こう言って。

ここで 間を置いて」。
ポンポン。

これは 並の役者だったら
多分ね ついていけないんですよ。

それをみんな 「えっ?」とも言わずに

「えっ 何ですか?」も言わずに
やるでしょ。

ポンポンポン。 だから それは
監督のリズムなんで

そこで 「えっ?」とか「あっ」とか
「いやいや」って言うと

監督
リズムが壊れちゃうから

一流の役者は
絶対 そこで何か言わない。

言われたら そこで
ポンポンと全部返す。

それが ものすごい緊張感に
なるんですね。

で 前のめりじゃないですか すごく。

だけど ほかのインタビューの時とか
誰かと話してる時は

もう ゆったり ソファーで 力抜いて
「あ~っ」て こうね たばこ吸いながら…。

この力の抜き方と
始まると ぐわ~っと こうなる。

これが やっぱ この監督の
すごいとこですね エネルギーも。

脚本に取りかかって 1合目に来た時の
その つらさということもね

語っていらっしゃいましたけれども
毎回 生みの苦しみというものも…。

それは マンネリとか
いっとき言われたことがあるけれども

マンネリなんてもんじゃないですもんね。

マンネリとか そういう言葉は
これに当てはまんない。

だから 渥美 清という役者が
もっともっと生きてたらば

ずっと やってるはずですよ。
八十いくつになっても

もう よぼよぼになっても
きっと もしかしたら

終わらずに やってたんじゃないかなって
気はしますね。

私も思う。

やはり 渥美さんが何かおっしゃると

撮ってる間も ふっと みんなが
笑って止まらなくなったり。

そういうことも やはり この山田組の…。
いっぱいありましたね。

もう随分 叱られました。
笑って NGを出すことはありましたね。

お芝居やってて 自分が映ってないで
カメラが そっちに行くと

私のことを笑わすんですよね。
それで NG出しちゃって

「お前だよ」って。
そういうことは 随分ありました。

でも 私だけじゃなくて 全体が
こう 何か お芝居してて

ポンポンポンポンポンッていった時に
何か どっか パッと はじけちゃって

みんなが一斉に噴いちゃったとか
そのぐらい 何か リハーサルやってても。

でも 本人もそうなんですよ。
渥美ちゃん自身もね やりながら

何か 面白くいってるとね
もう 目がね 泳いで笑ってる。

「おかしいだろ おかしいだろ」って。

そういう こう リハーサルでも
そういう顔を見るのが楽しかったですね。

志らくさん この「男はつらいよ」全作
3往復以上 ご覧になっている

大ファンとして もし 一作
ベストを選んで頂くとしたら…。

それは 本当に難しいんですよ。
1作目もね

2作目の
ミヤコ蝶々が出てくるのもいいしね。

リリーが出てくる 11 15 25 48。

すごいな。 全部言える?
それはもう。

どれもこれも とってもいいんだけど
私が 一番好きなのは

32作の「口笛を吹く寅次郎」という
マドンナが竹下景子さんの。

2人は恋仲になって
明らかに お互いは愛し合ってる。

自分のお父さんに 寅さんとなら
一緒になってもいいって言っちゃうほど

2人の気持ちは 一つになったのに。

この2人なあ…
一緒にさせてあげたかったなとも

ものすごく思う。
だから そういったところで

この32作っていうのは
私の中では ベスト1になるんだよね。

それでは 志らくさんが選んだ名場面
ご覧下さい。

何だい もうちょっと ゆっくり
できんのかと思ったんだ 俺。

なあ さくら。
そうね
せっかく東京までいらしたんだから。

見物するとこ いっぱいあるんだよね。

浅草の観音様とか 向島の遊園地とか。

なあ さくら。
うん。

(電車の警笛)

え…。
ねえ 寅さん。

ごめんなさい。
えっ… 何 何が?

いつかの晩のお風呂場のこと。
な… 何だっけ…?

あ~ あのことか。

あの3日ほど前の晩に 父がね 突然

「お前 今度 結婚するんやったら
どないな人がええか」いうて聞いたの。

それでね… それで… 私…。

「寅ちゃんみたいな人がいい」って
言っちゃったんでしょ?

和尚さん 笑ってたろう。
俺だって 笑っちゃうよ。

ハハハッ。 なあ さくら。

なあ。

ねえ 寅さん。
(踏切の音)

私… あの晩 父さんの言うたことが
寅さんの負担になって

それで いなくなってしもうたんじゃ
ないか思うて

そのことをおわびしに来たの。

俺が そんなこと
本気にするわけねえじゃねえか。

そう…。 じゃあ 私の錯覚?

安心したか? えっ?

お兄ちゃん
東京駅まで送ってあげたら?

もういいの。 話は済んだし。

さくらさん
どうも ありがとうございました。

はい これ。 じゃあ 気を付けて。

和尚さんに よろしくな。
はい。

旅の途中で また寄るからよ。

ここのシーン 本当に
志らくさんが選んだの

すごい よく分かりますし…。

つらいこと 多かったな
お兄ちゃんの別れ…。

3人の芝居が 本当に
芝居じゃないんですよね。

もう… きゅっと袖を握った時に
さくらが スッと こう 行く辺りも…。

3人の この…
本当に そこにいるんですよね。

もう 寅さんが追い込まれて そこで

「寅ちゃんって言っちゃったんでしょ」って
パッとこう ちゃかす辺り

そこら辺が見事なんですよね。

寅さんなら 恐らく
こうやって逃げるだろうとか。

それを錯覚だと受け止めた
あの竹下景子さんの表情ね。

電車が来ちゃって さくらが スッと…
「送ってったら」って

自然と もう… 台本に書いてあるの
言ってるとは思えないんですよ。

書いてあった。
書いてある… 書いてある。

それが こっち側には 本当にもう
その場で起きてる出来事を

こうやって見てるような
そういう錯覚に陥るんですよね。

いいシーンでしたね 本当に。
あれ いいシーンですよ これは。

寅さんといえば
旅先で すぐに恋に落ちて

だけど 恋は実らず 実りかけても

結婚まではいかないということを
繰り返す…。

逃げてしまうっていうね。

よく考えたら
趣味が分かんないんですよ。

若尾文子さんのような熟女に
ほれたかと思うと

伊藤 蘭ちゃんって
当時のキャンディーズ…。

伊藤 蘭ちゃんにほれた次の年には
松坂慶子さんにほれてる。

もう めっちゃくちゃなわけ。
でも それは趣味が広いんじゃなくて

そこに
人間 ちゃんとした人ならば

全部 寅さんって
情が入ってくるんですよね。

趣味が めちゃくちゃなわけ
じゃないんですよ。

そこら辺の寅さんの恋愛遍歴っていうのも
すごく面白いですね。

最後 恋愛の達人みたいに
なっちゃうんですね。

達人ですか。
達人。 自分は だって

一つも成就してないのに
達人になってくんですよ。

伝授してるのね。
伝授 満男に。

そうですよね。

じゃあ その
「男はつらいよ」のシリーズですけれども

今月末に 50作目が公開されます。

22年ぶりの新作に 山田洋次監督は
どんなメッセージを込めたのか

ご覧頂きましょう。

はい まいります。 よ~い はい!

おじさんが腹巻きから財布を出して
ポンと俺に投げて

「満男 これで香典の袋と
花を買ってこい」。

覚えてる 覚えてる。

<小説家となり 家庭を持った満男。

初恋の相手との再会や
執筆活動で思い煩う中

寅さんの言葉が よみがえります>

満男 吉岡君…

「今 幸せかい?」。

<そのため これまでに公開された49作を
全て見直す作業が進められました。

選び出した名場面 名ゼリフが
新作で重要な役割を担います>

ここ おかしいよ。 キープしといてよ。

「それでもお前 父親か」。

<なぜ 長く時計の針を止めていた
「男はつらいよ」を撮るのか。

山田監督は 現代の日本が
寅さんを求めているといいます>

今 僕たちは幸せなのか。

その幸せの内容とは 一体何なんだ。

これは 生前に渥美さんが
言ってたんですけど

「長~い 長~い
一本の映画をね

俺は撮り続けてるような
気がする」。

…って言ってたことが
あったんですね。

私も だんだん
そんなふうに思うようになって

でも 今回 撮影が始まって終わって
出来上がった時に

あっ あれ 50年かけて
この「男はつらいよ」という映画を

今 撮り終えて 今 クランクアップで
封切りが クランクアップになるのかな

その日なのかなっていう
今 思いがしていますね。

志らくさんは
山田監督の このメッセージ

どういうふうに聞かれましたか?

世の中 いろんな出来事が
たくさん起きてますよね。

「分かんないことがあったら
寅さんに聞けばいい」って。

寅さんだったら 何と答えるか。

それが正解か不正解か
分かんないんだけど

寅さんの言うことが
日本人の言葉なんだなと。

例えば 幼稚園の…
保育園の騒音問題。

もし 寅さんだったら
そこで何て言うかな。

「おじいちゃん そんなね
子どもの声がうるさいなんて

言っちゃ駄目だよ」って 多分
おじいちゃんに何か言ってくれる。

「じゃあ いい耳栓
買ってやるからさ」みたいなね。

必ず その… あと 教師のいじめの問題
なんかあった時もね

寅さんだったら そこ行って
「何で そんなことをするんだよ」っていう。

寅さんだったら
必ず そこへ出てきて

言ってくれるはずなんですよね。

いろんなことが
いっぱいあるけども

寅さんがいてくれたらなって
そう思うんですよね。

「寅さんに聞いてみればいい」って
本当に そうかもしれないね。

そうですね うん。

もう間もなく公開っていう 今
どんなお気持ちでいらっしゃいますか?

いや 私は 映像で

あの 「チャ~ ツルルルルルルル~」って

それで 江戸川の土手をバックに
キャストの名前が出てくる。

うわ~ また新しい
「男はつらいよ」の世界に浸れるんだって

もう 震えてるとこへ
自分の名前も出てくるから

もう どうしていいか
分かんなくなっちゃう。

倍賞さんは 22年ぶりの公開目前という
今は どんなお気持ちですか?

玉手箱みたい。
開けたら もう いろんなものが

いろんな年代の
いろんなものが入っていて

自分を探したり 寅さんを探したり
幸せを探したり。

私も見て
すごく自分を探すことができましたし

そういう思いで
皆さんに見て頂けるといいかなって

思っています。 山田さんの作品では

今までと全く違ったタイプの映画
なんじゃないかな。       そうですね。

そんな気がしています。
とてもすてきな映画で…。

若い監督が作ったみたい…。
そうそう そうそう…。

いや~ まだまだ
たくさんお話 伺いたいんですけれども。

今日は 本当に
どうもありがとうございました。

どうもありがとうございました。

寅次郎は これから また
当てもない旅に出ます。

どっか遠い旅の空で
またお会いしましょう。

ごめんなすって。

♬~

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番組のダイジェスト映像が楽しめます。

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