先人たちの底力 知恵泉 キネマ事始め 牧野省三(前)好きこそものの何とやら 日本映画の父といわれ、無声映画時代に…



出典:『先人たちの底力 知恵泉▽キネマ事始め 牧野省三(前)好きこそものの何とやら』の番組情報(EPGから引用)


先人たちの底力 知恵泉▽キネマ事始め 牧野省三(前)好きこそものの何とやら[解][字]


日本映画の父といわれ、無声映画時代に映画をけん引した牧野省三。映画れい明期の作品を通じ失敗を失敗とせず、パワーアップに転じた知恵を探っていく。ゲストは周防正行


詳細情報

番組内容

無声映画の時代、映画界を牽引し、礎を築いた牧野省三の知恵に迫る二回シリーズ。前編は“日本映画の父”と言われた省三が切り拓いた表現方法の「歌舞伎映画」「教育映画」を軸に、映画れい明期だからこそ起きたエピソードを紹介。失敗を失敗とせず、パワーアップに転じた、たくましい省三の知恵を探っていく。ゲストは映画監督の周防正行、大先輩の映画人の格闘を、ヒット映画監督どう読み解くのか。今を生きる人々へのエールとは

出演者

【出演】映画監督…周防正行,飯田里穂,早稲田大学文学学術院教授…小松弘,【司会】新井秀和



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先人たちの底力 知恵泉 キネマ事始め 牧野省三(前)好きこそものの
  1. 映画
  2. 牧野
  3. 牧野省三
  4. 本当
  5. 自分
  6. 芝居
  7. フィルム
  8. 活動写真
  9. 撮影
  10. 失敗
  11. 知恵
  12. 日本
  13. 横田
  14. 千本座
  15. 映画館
  16. 作品
  17. 世界
  18. 当時
  19. カット
  20. 時代


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♬~

僕も 「知恵泉」

天職だと思って やってますよ!

「『我らが無念 思い知ったか!』。

ついに 宿願かなって
憎き 吉良上野介を討ち果たした

大石内蔵助と四十七士。

降り積もった雪の上を
足取りも軽く 江戸の町を…」。

うん? ちょっと違うかな。
「降り積もった…」。

「降り積もった雪の上を 足取り…」。

どうも こんばんは。
こんばんは。

あれ? 暗いですね お店。
ああ すいません すいません。

いらっしゃい… 今 つけますからね。
どうぞ…。     いらっしゃったんですね。

大丈夫ですか? 今日 やってますか?
はいはい。 すいません 暗いまんまで。

どうぞ どうぞ。
どうも どうも!

いらっしゃいませ いらっしゃいませ。
こんばんは~! お邪魔します。

どうぞどうぞ お待ちしておりました。
ありがとうございます。

ちょっと聞こえましたよ。
もしかして かつべんじゃないですか?

おっ! 先生 さすがじゃないですか。

そうなんですよ。
かつべん。      ご存じ?

言葉だけは聞いたことありますね。

音のない映画に声をあてるというか。
無声映画に。

どうですか? 飯田さん
ちょっと やってみます?

ちょっと面白そうですよね。
挑戦してみても いいんですか?

いきますよ。 スタート!

「ええ~ 待て 待て!
イタタタ… 痛いじゃないか」。

「ええ~い 問答無用じゃ!」。

「いや…
徹夜明けは こたえるなあ」。

「滑らないように
気を付けていけよ」。

「足 冷てえですよ。
ひい~!」。

「風邪ひいちまうよ」。

「あっ… 滑る 滑る!
気を付けて 気を付けて!」。

「おいっちに おいっちに!
いっちに いっちに!」。

ちょっと ちょっと!
すばらしいじゃないですか。

どうですかね? 今 完全にアドリブで。

「忠臣蔵」の内容が
変わってしまったような…。

でも こっちの方が
見たくなるような気がしますね。

すいません 急に…。
「この先 どうなるんだろう?」っていう。

さすがでございますね。

今回はですね その無声映画の世界が舞台
ということなんですけれども

当時 数々の名作を生み出して

日本映画の礎をね
築いた人物がいるんですよね? 先生。

牧野省三という映画監督で

「日本映画の父」ともいわれている人です。
父?      はい。

一体 どんな人物で
どんな知恵があったのか

見ていきましょうか。
はい 気になります。

映画が まだ「活動写真」と呼ばれていた
明治 大正の時代。

動く写真という 未知なる可能性に
かけてみようという人々が

次々と現れました。

そのパイオニアが 牧野省三。

ヒット作を 次々と生み出し

観衆を熱狂させた

監督・プロデューサーです。

当時のカメラは人力。

人の手で
回していました。

しかも 太陽の光がないと
暗くて映らない。

色も白黒
音だってありません。

俳優は オーバーアクション

女性の役も 男性が演じていました。

そんなこんなの試行錯誤を繰り返し

映画は 今のような娯楽へと
成長していったのです。

牧野省三は こうした中で

300本以上の作品を世に送り出し

日本の映画文化の礎を築きました。

そこには
どんな知恵が隠されていたのでしょう。

それを読み解くのは…

大学の相撲部や社交ダンス

知っているようで知らない世界を分け入る
ユニークな作風は

発表すると いつも大人気。

身近なところに潜む

ふとしたきっかけから動き出す
人生のドラマ

映画ならではの
ダイナミックな展開が持ち味です。

はい! おい…!

(笑い声)

用意… はい!

そんな周防さんの最新作は

まさに牧野省三が活躍した
無声映画の時代。

「それは 本当なの?」。

怪しい弁士や興行主が暗躍する
コメディーで

日本映画を立ち上げた
先人たちに対する

愛とリスペクトがあふれ出る
作品です。

100年後輩の映画人に

今夜は 牧野省三の知恵を

とくと 読み解いて頂きましょう。

ドキドキしちゃいますね。
こんばんは~。

こんばんは!          どうも!
お待ちしておりました。

周防監督 どうぞ どうぞ。
いらっしゃいませ。  こんばんは!

どうも はじめまして。
はじめまして どうも。

こんばんは。
どうぞ お掛け下さい。

「活動弁士」というものには

そもそも 関心を お持ちだった
っていうものなんですか?

いや… 申し訳ないんですけど
ずっと無視してたんですよ。

小津安二郎監督の
「生れてはみたけれど」とか

そういう名作を見て
「やっぱり活動弁士の話がなくたって

映画は
ちゃんと伝わってくるじゃないか」と。

それが 数年前に
ずっと助監督をしてくれていた

片島章三さんという人が

「こんな本を書いたんですけど」って
読ましてくれたのが

今回の「カツベン!」という映画の
シナリオだったんですね。

それを読んだ時に
「なんて自分は まぬけだったんだろう」。

つまり…

少なくとも…

ということで 勉強し直して
「カツベン!」という映画を撮りました。

なるほど。
そういうことだったんですね。

まあ日本はね 浄瑠璃とかもあるし

落語 講談 浪曲みたいに
語りの文化があって

それが 無声映画時代は
スクリーンの横に立つこと。

で その… テレビになってくると
いろんなナレーションや

例えば 古伊知郎さんの
プロレス実況とかね。          はい。

「ああ 現代の活動弁士だ」
と思うんですよね。

なるほど。
原点は そこからだったんですね。

今だと あれですよね
もっと発展していって

ゲーム実況っていうジャンルが

最近だと 本当に 皆さん 今それを
動画上で見てたりとかっていう。

そもそも…

だから 映画会社が
雇っていたわけではないんです。

ですから 例えば 同じ映画でも

ある映画館に行けば この弁士がいて
別の映画館に行けば

同じ映画を上映していても 別の弁士が
語るというようなことがありまして。

場合によっては 観客の中でも
弁士を見たくて

映画を見に行くなんていう人が
いたんだと思います。

へえ~。
そこで 今夜 用意した 特別メニューが

こちらでございます。

あ~! 映画といえば そうですよね。
映画ですから。 ねっ?

ただのポップコーンじゃないんですよ。
おっ!

特製なんです。 こちらです。

あれ? 色がすごいですね。

今日のね ポップコーンのテーマはね

発想の転換なんですよ。

映画館のね もう 今 定番ですけれども

これ あの 20世紀に入って
大恐慌の時代に

生活が苦しい中 ポップコーンは
値段が安かったので広まって

映画館のおやつの定番になったとも
いわれてるということなんですね。

おいしい でも。
えっ これ 変わり種にしたら おいしい。

おいしいですね。
ポップコーン 大好きなんですよ。

そうですか。
でも やっぱり

オーソドックスな塩味の。
そこに戻りますか。

ポップコーン 大好きなんですよね。
ではですね 早速

知恵を見ていこうと思うんですけれども
今日 実はですね

小松先生のご自宅も
取材させて頂いているんです。

牧野省三が映画製作を始めたのは 1908年。

どんな作品だったのでしょう。

そこで 映画史が専門の
小松先生のご自宅に伺ってみると…。

あっ 先生 こんにちは。
こちらです。 どうぞ。

まさか 映画館? …んなわけないか。

なるほど。 映画を研究するには

映画館と同じ条件で
見る必要があるから… かな?

寄り道は さておき 資料庫へ。

古今東西の映画関係の資料。

すごい! 図書館みたい!

これが あの
「本能寺」という映画のですね

活動弁士用の台本になっています。

こういった原稿を 弁士は 映画の上映中に
読んでいたわけであります。

手書き! しかも 筆文字。
いろいろな記号も。

暗い映画館で スラスラ読んでいたとは
昔の人は すごいですね。

資料で見せて頂いたのが このファン雑誌。

300以上あるマキノ映画の
1割も現存しない中

作品の様子を伝える貴重な文献です。

こちらは チャンバラ劇でありながら
ミステリーもはらんだ「紫頭巾」。

白黒映画なのに紫とは ニクいネーミング。

宗教関係の映画も
牧野省三の おはこでした。

室町時代 迫害と闘った僧
日親の生涯を描いた作品です。

「戻橋」は 無声無音の映画に
牧野が初めて音をつけた

記念碑的作品です。

でも 現存していません。 残念。

貴重な資料を見せて頂き
気分が ぐ~んと盛り上がったところで

時代は遡って 1895年。

映画がフランスで発明された頃。

花の都 パリでは
万国博覧会が開かれました。

会場に 日本から来た
横田永之助という男の姿がありました。

京都の実業家で興行師。

やがて 日本映画史に
その名を刻むことになります。

横田はパリで 衝撃の光景を目にしました。

それは 映画の ものすごい人気ぶり。

写真が動くという ただ それだけのことに
人々は熱狂したのです。

横田は 映画のフィルムと
映写機を購入して 日本に帰ると

自ら映写機を回し 映像のストーリーを
ライブで語る 活動弁士を務め

各地で上映会を開きました。

当時の入場料は
席によって 10銭から1円まで。

今の金額にすると
1, 000円から1万円というイメージです。

横田は考えます。

外国のもんを買うばかりやのうて
日本の活動写真を作らなあかんな。

しかし そうはいっても

まだ プロの映画監督もカメラマンも
いない時代。

どうすればいいものやら…。

そうや あの男なら…。

横田が見込んだ あの男こそ

今回の主人公 牧野省三でした。

牧野は 京都・千本通にある
劇場の経営者。

活動写真の「か」の字も知りません。

でも 知恵を駆使して 横田の期待どおり

国産映画の夢を実現させていくのです。

牧野省三。

母親は 寄席と置き屋を経営し

旦那衆に義太夫を教えながら
息子を育て上げました。

牧野は 幼少の頃から芸事に親しみ

義太夫や芝居を覚え
近所の子どもたちを集めて

芝居ごっこに明け暮れました。

22歳の時 母と一緒に
劇場 千本座を経営するようになります。

出し物の中心は 歌舞伎。

でも 今とは ちょっと違いました。

当時 歌舞伎は
日本の各地で さまざまな劇団が演じる

庶民の娯楽の総称だったのです。

牧野は 出演者や演目を決めるのは
もちろん

自ら舞台に立ったり
演出をすることもありました。

演劇について
それほど詳しかったのです。

千本座では 日によって 横田の活動写真を
上映することもありました。

それが 2人の接点だったというわけです。

牧野はん。

牧野は 活動写真の知識は
ないものの

うわさは聞いていて
かなり興味津々。

かくして始動した
日本初の国産映画プロジェクト。

しかし 所詮は素人。

とりあえず 千本座の裏で
撮影を始めてみたものの

何をどうすればいいのか
見当もつきゃしない。

撮影した映像に
役者の顔が映っていなかったり

ピンボケだったり…。

フィルムを明るいところで現像し
全部 感光させてしまった

なんてこともあったそうです。

牧野 結果を出せないまま
追い詰められていきます。

最大の問題は 活動写真で何を描くのか。

ちょっと前までなら
そこいらにあるものを

そのまま撮るだけで十分でした。

ありふれた光景でも 動いているという
物珍しさだけで 客も満足。

なんとかなりました。

でも それでは自分がやる意味がない。

悩む牧野。

あまりの窮状を見かねた横田が

カメラを取り上げようとしたほど
行き詰まっていたと伝えられています。

苦しんだあげく ようやく牧野は
長いトンネルの出口を見つけました。

自分には ほかの人にはない
大きなアドバンテージがある。

それをやるしかない。

ほな いくで~! はい おいちにの にの
にの にの はい… はい さん!

自信を取り戻した牧野省三。
いよいよ クランクイン!

題材に選んだのは「本能寺合戦」。

信長を守って 森 蘭丸が

明智光秀の軍勢と戦うシーンが
見せ場です。

実は これ
牧野が千本座でかけていた お芝居でした。

自分の持つ最大のアドバンテージ。

それは 芝居への深~い知識であることに
牧野は気が付いたのです。

子どもの頃から芝居に親しみ
セリフも動きも 全て そらんじている。

そんな映画製作者は
日本広しといえども 自分だけ。

牧野省三の映画作りは
千本座でやっている芝居を

そのままフィルムに焼き付ける
というもの。

画角を決めたら カメラは動きません。

これなら簡単! と思いきや
弱点もありました。

屋内では 暗すぎて撮影できないのです。

お日様が照っていて
歌舞伎芝居にふさわしい

歴史的な雰囲気がある場所は
ないものか…。

ありました。

お寺の境内に移動して
撮影すればいいのです。

こうして 日本初の
時代劇・劇映画

「本能寺合戦」が
生まれたのです。

残念ながら
このフィルムは残っていないため

見ることはできませんが
評判は よかったといいます。

芝居を撮っただけの映画が
なぜ 評価されたのか。

専門家は 資料を基に こう分析します。

お芝居との大きな違いは…

やっぱり 芝居でやっていた
いわゆる 横長の平面的な

平行移動を中心にした動きとは違って

映画的な奥行きのある空間を使った
演出ってしてるんですね。

当時の庶民といわれる
一般の人たちからしますと…

というのが やっぱり
大きな魅力でもあったんですね。

牧野省三の快進撃が始まります。

千本座で演じられる
豊富なレパートリーから選んだ6本。

次から次へと映画にしてしまいました。

お天気さえよければ
一日で1本撮れてしまうわけですから

かなりのハイペース。

ただ問題は
映画の出来栄えにこだわる牧野が

毎回 予算を大幅に超えてしまうこと。

さすがに これでは厳しい。

しかたなく 自分のギャラと

千本座の売り上げをつぎ込んで
赤字を補填しながら撮り続けました。

初めて踏み込む世界で

自分のアドバンテージを
最大限に生かし

監督人生をスタートさせた
牧野省三。

まずは 上々の滑り出しでした!

ということでね
飯田さんは どうですか?

例えば 初めてのことに
チャレンジする時に。

実は 私
最初から声優さんだったわけじゃなくて

8歳の頃から
子役をやらせてもらってたんです。

グラビアのお仕事もやってたりしたので

何で こんな人を
キャスティングしたんだっていう

バッシングが結構すごくて
ネットとかに書かれたりとかしてて。

でも 自分がやってきたことって
間違いじゃないし

新しいことにチャレンジしたいって思う
タイプの人間だったので

「見てろよ!」と。
そこから猛勉強をさせて頂いて

たくさんアニメ見て
もうクレジットまで全部見て

制作会社から全部暗記してですね
声優さんの名前も一回見て

この方のお芝居が すごいって思ったら
巻き戻して もう何回も聞き直してとか。

今ね VTR見てて 牧野さんは
映画を撮れって言われた時に

何を撮っていいか分からない。

僕も 実は そうだったんですね。

そうですか。
映画が大好きで 映画の世界へ入って…。

僕の入った映画界はピンク映画といわれる
成人映画の世界だったんですね。

もう3~4年 助監督やってると

「そろそろ一本撮ってみる?」って言われて
「はい」って言ったのは いいんだけど

一体 何を撮ったらいいんだ
ということになってたんですよ。

その助監督をやっている間に
撮りたいものが分からなくなったのか

それとも 実は最初から映画監督っていう
職業に憧れてただけで

撮りたいものなんか なかったんじゃ
ないかっていうぐらい悩んだんですね。

その時に 最後
本当 牧野さんと一緒 開き直ってですね。

じゃあ 一番好きなもの何だったら
小津安二郎さんの映画が

やっぱり大好きだったんで
分かった じゃあ…

とんでもないことになったんですね。

「続 晩春」みたいな形で作ったんですね。

原 節子さんが嫁いだ先が
とんでもない変態の一家だったと。

(笑い声)

今思えば 好きだったから…

僕にとっての開き直りというか。

何か 一番それが大きかったのかなと
思いましたね。

でも 確かにそうですよね。
好きなものを撮ろうっていう

すごいガムシャラにやることも
大切というかね。

あんな罰当たりなことを。   いやいや…!
本当に。

小松先生は このころの
この牧野省三っていうのは

どう ご覧になってますか?
牧野省三が 最初に映画を作った頃

というのは 1908年とか9年とか
そのぐらいですよね。

ですから日本で ようやく いわゆる
システマチックなっていいますかね

そういった映画製作が始まった頃が
大体 そのぐらいの時代なんですね。

これから日本の中で 日本映画を
どういうふうに作っていくかというのは

まず この千本座の出し物を映画にして

しかも それは
脚本なんて書く必要がないんですね。

全部 頭の中に入っているので
「次は こうしなさい。

次は こうしなさい」って指示は
全部 彼が出していたわけですね。

へえ~。

本当に あのころって それまで
そういう仕事をしていた人はいないから

やっぱり 若者の…。
だから牧野さんは まだ30歳ですけど

そのあとの監督って本当に20代だし
それぐらい若い。

要するに いないんですよ! 前任者が。

これから始まる…
映画が これから始まるという時に

若者たちが本当に活躍した。
そういう場ですよね。

観客も知らないから。
撮影中のエピソードで

芝居を 本当 丸ごとやってるでしょ?

え~っ!?
だから 観客も 映画が

まだ どういうものかっていうのが
分かってないんです。   なるほど。

だから 本当に そこから 映画が 今の形に
どんどんなっていくんですけど

初期だから
そういう新しいものに対する

みんなの好奇心と喜びというのが
あふれていたんだなと思います。

そうですよね。

元あるものを
倣ったように作っていくというのも

まあ 一つのアレですけど
牧野さんは 何もなかったところから

横田さんとタッグを組んで…。
そうですね。

ちょっと強引な感じというか

もう自分のやりたいことに
貪欲 無我夢中という…

何か ちょっとかっこいいなっていう。

何か 「あっ かっこいい!」って
ポッとしてしまいますね。

牧野省三は 映画を作って
お金もうけをしようなんていうことは

あまり考えてなかったようですね。
例えば…

そういったエピソードも残っているので。

スタッフ思いの…。
そうですよね。

人情深い方だったんですかね?
そうだったと思います。

いや 牧野さんで考えると やっぱり
お金もうけより 芝居が好きだから

自分が撮ってるもののクオリティーが
低いことは

やっぱり許せないんだと思うんですね。

だから 赤字になっても
芝居のプロとして

これじゃあ駄目だっていうんで
やっぱ お金をつぎ込む。

その気持ちは分かって
僕も 映画監督になるきっかけは

お金もうけじゃなくて
映画が好きだからだったんですけど

その1本目も やっぱ赤字で
それこそ ギャラもなく

持ち出しで作ったんですね。

でも それって やっぱり…

そういう気持ちが
すごく強かったんだと思いますね。

さあ さまざまな困難に出会いながらも
映画を作り続けた省三なんですけれども

続いてはですね ある発見をして
監督として成長していく

そんな知恵を ご覧頂こうと思います。

自分の持つ
アドバンテージを生かして

どんどん作っていく 牧野省三。

固定したカメラの前で
舞台と同じ演技をさせるだけ。

しかも ノーカット ノー編集の一発撮影。

そんな牧野式撮影法に事件が起こります。

それは
「明烏夢泡雪」という作品を撮影中のこと。

雪の降る中 妓楼の主人が
遊女をせっかんするという

最高の見せ場で…。

雪を降らせる係が…。

なんと 手を滑らせて
遊女の上に籠を落としてしまったのです。

撮り直す時間も お金もないため そのまま
失敗シーンを上映してしまいました。

悲壮感漂う場面のはずが…

もちろん 客は大爆笑。

台なしになってしまいました。

さすがに
「あの場面 カットしよう」ということに。

どうにか切ること できまへんやろか。

舞台を丸ごと撮ることしか知らない牧野。

でも 知恵の力で
失敗がチャンスへと変わっていきます!

実は これまで牧野は

フィルムを切ったり貼ったりの編集を
したことはありませんでした。

「えいままよ やむをえん」。

覚悟を決めて
失敗部分を切って 前後をつなぎました。

恐る恐る見てみると…。

なんと これがよかった。

同じ場面を撮影するにしても

短いカットを切り返しながら
組み合わせると

臨場感が出て 迫力満点。

偶然 新たなテクニックを発見したのです。

いわゆる
カットバックと呼ばれる編集の手法。

牧野は でも これを
ハットバックと呼んでいました。

理由は
「はっ」とする効果があるからだそうです。

まさに…

牧野は 更に 監督人生を
劇的に変えることになる失敗に

巡り合うのです。

ある時
撮影済みのフィルムを確認していると…。

何や? 今 消えたで。
どうなっとんのや こりゃ?

映像の中で
突然 出演者の一人が消えるという

まか不思議なことが起きていたのです。

撮影の時 一体 何があったのでしょう?

当時のフィルムは
1本で撮影できるのは 数分程度でした。

長い時間を撮るには 何度も フィルムを
交換しなくてはならなかったのです。

あっ フィルムが落ちた。

待った。 フィルム替えるよって
みんな そのままでいてや。

フィルム交換の間 出演者たちは

つながりがあるので じっと待って
続きから再開するのがルール。

ところが この日…。

もう我慢でけへんわ。
ちょっと すんまへん。

なんと トイレに立ってしまった出演者が
いたのです。

よし フィルム交換完了や。

ほな いくで。 おいっちにのさん!

出演者が足りないことに気が付かず
撮影は再開されてしまったのでした。

さては あの時…。

と 今更 気が付いても 後の祭り。

困ったことになりました。
またもや 大失敗…。

大失敗の張本人が
恐る恐るやって来ました。

詰め寄る 牧野。

おおきに! ようやってくれた!

実は この映像を見て
すごいアイデアを思いついたのです。

それが 忍術映画。

消えたり 現れたり。

フィルムのトリックを使えば
スクリーンに

忍者の世界を出現させることが
できるではありませんか。

「豪傑児雷也」は
そのトリックを駆使して作られた作品。

追っ手に囲まれた児雷也。
もはや 絶体絶命か。

と思いきや 得意の妖術を使って
変幻自在に現れ消える。

これには捕り方も あらあら困った困った。
一体どうすりゃいいの?

一転 降りしきる雪の中で 大捕り物。

児雷也は 大ガマガエルに姿を変えて
捕り方を まんまと煙にまく。

いやいや よ~く見て下さい。

この大ガマガエルは 実は児雷也の化身。

それが ドロンと姿を消したかと思うと…。

人間の姿になって現れる。

トリック撮影による不思議な世界に
観衆は熱狂しました。

牧野は 撮影のミスを

失敗だと諦めずに
発想を転換することによって

成功に結び付けたのです。

転んでも ただでは起きぬ
コロンブスの卵。

忍術映画は 次々とヒット。

映画監督 牧野省三の名は
ヒット請負人として広まっていきました。

忍術映画成功には
もう一つの要因がありました。

軽やかな動きと派手な表情で

ひときわ目立つ主演俳優の存在です。

それが…。

目をひんむいて 見得を切る。

生涯1, 000本以上の映画に出演。

日本映画史上 初めて現れた
ムービースターでした。

牧野は 偶然 旅先で入った芝居小屋で

松之助を見たといいます。

一目で
その非凡な才能を見抜いた牧野は

自分の劇場に
彼の一座を引き抜いたのです。

ところが 松之助
当初は 活動写真に出ることを

かたくなに拒みました。

牧野はん…

わては 舞台一筋の男ですさかい。

当時 演劇人は 活動写真を

「泥舞台」と呼んで

出ることを「恥」と考えていました。

プライドが邪魔をして
見下していたのです。

でも 活動写真の未来を信じた牧野は
たじろぎません。

なっ? お主じゃないと困るんや。
せやけどな~。

そう言わんと 頼む! このとおりや!

あ~ せやかてな~。

しぶしぶ出演を承諾した松之助。

スクリーンデビューすると
たちまち人気沸騰。

銀幕の大スターの座へと駆け上がります。

一地方のローカル役者から全国区へ。

その人気は 日本中にとどろき

活動写真時代の到来を告げる役目を
担ったのでした。

失敗した映像も 嫌がる俳優も
自分が諦めてしまっては 駄目。

可能性は 必ずあるはずという信念が
知恵となり

日本映画史のレジェンドへと
成長していったのです。

失敗してもね
ただじゃ起きないという感じですよね。

今ではね テレビや映画では

もう当たり前と言ったらなんですけれども
例えばね

姿が消えるっていうと
こんな感じでしょうかね。

あれ? あれ?

あれ? どこ行っちゃったんですか?

あれ? 戻ってきた。
こんな感じ。

分身の術とかもね。
例えば 私が あそこにも!

あれ? いつの間に?

…とか あっちにも!

あっ ここにも。
あら~!

すごい。 たくさんいます。
でも 基本の考え方は変わってないですね。

あっ そうですね…。

同ポジ?
はい。 同じポジションで…

トリック撮影というのは
本当に 映画の誕生するぐらいから

もう あの これは外国の話ですけれども
ありまして。

いろんな人が やっぱり
先ほどと同じようなハプニングで

トリックの原理ってのを
見つけるんですけどもね。

それを利用して 奇術であったりとか
魔術であったりとか

それこそ おとぎ話であったりとか

そういったものを
映画で作っていくんですね。

それが 日本の場合は トリックを使って
忍者というのが また

非常に面白いですね。

まあ あの 思わぬきっかけで
こういう撮影手法がね

分かったわけですけれど。

映画っていうのが発明されたばかりで

まだ手法… さっきもあった
カットバックとかだって手法なんですよ。

それが 編み出されたんだよね。

僕が その中で すごく大好きな話が

アメリカに リリアン・ギッシュっていう

本当に きれいな
美しい女優さん いたんですね。

で それまで 映画って
割に 引きの画面で撮っていた。

その中で…

アップですよね。 最近テレビでも映画でも
アップってありますよね。

あれが生まれた理由が
カメラマンが ある時

リリアン・ギッシュを撮っていて
あまりに美しいんで

カメラ持ったまま
近づいちゃったという…。

撮影中にですか?
そうです。 それで

人のアップっていう。
あっ こういう絵が可能なんだ

できるんだっていうふうに
気付いたと。

そこで生まれた。 だから…

美しすぎる話なんですけど。
本当ですよね。

これが すごく記憶に残ってるんですけど
その後 気を付けてるんですけどね

そういうの文献で読んだこともないし。

え~!
誰かの作りごとかなとか ちょっと怪しい。

でも… でも 結局
そういうことだと思うんです。

まだ何もなかった。
牧野はね 失敗しても

それを こう 成功に変えたわけですが
飯田さんは…。

いや もう 本当に失敗だらけですよね。

そんな中で ソロデビューして すぐの時に
本当に豪華なアーティストさんたちが

大勢出るスーパーアリーナでの
ライブがあったんですね。

フェスみたいな感じの。
「飯田里穂として頑張るぞ!」というので

すごい練習したんですね。 ピアノの。

でも やっぱ 本番って
どうして ああいうふうに

魔物が住んでるんでしょうね。
えっ 何があったんだ?

もう 勢いよく弾いたらですね

全部 半音ずつズレた音を
弾いてったんですよ。 グランドピアノで。

で スーパーアリーナの会場は
3万人ぐらい お客さんいるんですけど

みんな シ~ンとしてる中で
半音ズレた音だけが響いてって

で 楽屋 戻って
もう赤ん坊かなっていうぐらい

大泣きしまして
ワ~ッて泣いたんですけど

ひとしきり泣いたら
ここで失敗してる場合じゃないなと。

でも 全部 半音ズラすっていうのも
結構 才能なんじゃ…。

いやいや 違います!
そんなことないですか?

そんな褒め方ないですよ。
あっ そんなことはないですか。

ないですよ。
でも そこでの 何か 度胸がついたとか

何か そういうのもありそうですよね。
そうですね。

あの 一瞬 失敗かなと思ったけど

そのまま続けて
うまくいったってことがあって

「ファンシイダンス」って映画の時に

修行僧のお話で 本木さんの修行ぶりを

テレビクルーが取材に来てる
っていうシーンの時に

トイレのドアを開けて 中に入って

どうやって トイレを
用を済ませるかっていう。

そこを説明するという。
テストの時から ちゃんと こうやって。

で 本番になったら なぜか…

で 一瞬 開かないっていうの分かって

で カットかけようかなと思ったんです。

でも 本木さんが とっさに
カメラの方に向かって

ニッコリ笑ったんですよ。

で 隣のトイレに移って
同じことをやったんですよ。

要するに 僕が カットをかけなかったのは
本木さんが芝居を続けてたんです。

ハプニングの中で。
で これは どうなるのかなと思って

続けてもらったんですよ。

それが すごく面白かったんです。
へえ~。

やっぱり 役者さん すごいなと思うのは
カットがかかんないと続けますよ。

段取りと違うと思っても
続けてくれるっていう。

それは だから…

僕 カットの声かけるの遅いです。
へえ~。

「えっ まだやるの?」みたいな雰囲気が
役者さんに出ない限りは見てます。

うわっ すごい。
これ役者さんに言ったことないんだけど。

(笑い声)
すごい! 初めて聞きました。

いや~ ねえ 牧野省三の知恵を
まず2つ ご覧頂きましたけれどもね。

実は このあとですね

壁にぶつかってしまう
ということなんですよ。

う~ん どんな壁なんでしょう?

ねえ。 次回ということにしましょうか。

あっ 今じゃないんですね。
気になりますね。

何があったのかは
次回のお楽しみということで

またのご来店 お待ちしております。

今日は
どうも ありがとうございました。


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