徹子の部屋 笠井信輔~56歳の再出発…期待と不安~ 妻はテレビ東京の元アナウンサー茅原ますみさんで、3人の息子…


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出典:『徹子の部屋 笠井信輔~56歳の再出発…期待と不安~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 笠井信輔[字]


~56歳の再出発…期待と不安~笠井信輔さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

今年フジテレビを退職し、フリーアナウンサーとして再出発した笠井信輔さんが登場!

◇番組内容

妻はテレビ東京の元アナウンサー・茅原ますみさんで、3人の息子を持つ5人家族。もっと、しゃべり続けたいという思いからフリーになった笠井さん。しかし、子ども達が思春期の頃、自分の仕事を理解されず悩んだこともあったという。アナウンサーを目指す原点は、中学生の時。母とのあるやりとりがキッカケだったと語る。それはいったい…!?

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/



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徹子の部屋 笠井信輔~56歳の再出発…期待と不安~ 妻はテレビ東京
  1. 自分
  2. 本当
  3. 病気
  4. 家族
  5. フリー
  6. 奥様
  7. クイズ
  8. 結構
  9. 今日
  10. 番組
  11. アナウンサー
  12. スキー
  13. 息子
  14. 大変
  15. ハハハハ
  16. フジテレビ
  17. ワイド番組
  18. 悪性リンパ腫
  19. 意味
  20. 頑張


『徹子の部屋 笠井信輔~56歳の再出発…期待と不安~』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(黒柳)フジテレビを退職なさり

フリーアナウンサーとして
再出発なさった

笠井信輔さんです。

どうぞ お入りください。

(拍手)
3人の息子さんのお父さんです。

男の子が3人 おうちにいるんで
すごいですよね。

どうも 今日は
よろしくお願いいたします。

しばらくでした どうも。
お久しぶりです。

いやあ… 本当に
『徹子の部屋』なんですね。

そうなんですよ。 どうも どうも。

まあ あの…
私にも負けないほどの

おしゃべりがお上手な方と…。
ありがとうございます。

伺っておりますけれども。
はい。

今日は いろんな事を伺おうと
思っておりましたところ

なんだか 突然… ねえ。
そうなんです。

あの… まさかなんですけれども
病気にかかってしまいまして。

悪性リンパ腫という血液のがんに
なってしまったんですね。

で まあ… フリーになってから
体重が どんどん減ってきていて。

あっ 本当に?
そういう事があったんですか。

腰が 非常に…
腰痛で悩んでいたんですけれども

これは 働きすぎのためだろうと
思ってたんです。

フリーになってから
ありがたい事に

たくさん
お仕事をいただいておりまして。

そりゃそうでしょ。
自分 こんなに いろんな人に

使ってもらえるのかなと。

ただ それの仕事量が
かなり多かったものですから

そのせいで
体調不良かなと思っていて

病院に行ったところですね
いや がんですよと。

そりゃ もう本当に衝撃でした。
ビックリしたでしょ?

ビックリしました。
「どうして 僕が

がんになってしまったんですか?」
って 先生に聞いたら

「交通事故に
なるようなものです」と。

つまり…。
そういうもんなの?

誰もが
なる可能性があるんですって

悪性リンパ腫って。
その中で 本当に ごく一部の方に

はい あなたは 悪性リンパ腫です
っていうような形でなるもので

これまでの生活習慣ですとか

睡眠不足ですとか 働きすぎとか
一切関係ないという事で。

それが しかも 血液の?
そうなんです。

ですから これから
4カ月間 入院をしまして。

それは大変ですね。
ええ。 抗がん剤治療を受けて

で うまくいきますと
2カ月間の自宅療養で

仕事に復帰していくという 今
スケジュールになっておりまして。

まあ とにかく頑張って
この自分の病気と

向き合っていかなければ
いけないなと

思ってるとこなんですよ。
そうですか。

まあ あなた お元気な方だから
もともとがね。

まあ 悪い方に 悪い方にとは

お考えになる方じゃないとは
思いますけど。

全くそうです。 ですから
『徹子の部屋』に呼んでいただけて

もう本当に
天にも昇る気持ちだったんですよ。

「ええー まさか!」と。

更に そのお呼びいただいた時には
まだ がんの事は

よくわかっていない
状況だったものですから。

そのあとに わかったもので…。
うん。

まさか 『徹子の部屋』で 自分が

病気の話をする事になるとは
思ってもいませんでした。

もっと 他の
いろんな… 番組の事とかね。

いろいろなね ええ。 ですから…。

まあ でも これも
仕方がない事だと思いますし

自分 ワイド番組を
ずっとやっていて。

そうですよね 朝の。
そうなんです。

20年やってましたんで。
あっ そう?

ですから その中で
いろんな有名人の方ですとか

著名な方のご病気 闘病
いろんな紹介してきました。

ですから その中で
自分が病気になった時に

「いや 自分の事は
そっとしておいてください」

というのは
フェアではないなと思いまして。

やはり いろんな事を
やっぱり ちゃんと自ら

話していかなければいけないなと
思うようになりましてですね。

ですから 今日も まずは

そのお話からさせていただこうと
思いました。

あの どのぐらい 程度…。

あっ 程度? 程度はですね

悪性リンパ腫って
90種類ぐらいありまして。

あっ そんなにあるの?
それを突き詰めていくのに 実は

結構 時間がかかったんですが。
あっ そうなの?

遅い速度 中程度の速度 速い速度
っていうのがあるんですけれども

私は 中程度の速度の
アグレッシブなタイプという

少し速めのタイプでして。

ですから
比較的 強い抗がん剤治療が

必要でしょうというのが
お医者さんの見解でした。

あっ そうですか。
でも まあ いろんな方が…

なった方で 治った方
いっぱいいらっしゃるのでね。

特に 今 研究が進んでるだろうと
思うので 前より もっとね。

でも 全く
そのとおりの話らしいんですよ。

いろいろと こう 技術と医療が
発展していくにしたがって

この抗がん剤の質も
高くなっていて。

そうですよね。
血液のがんというものも

昔は 不治の病と
言われてましたけども

今は もう そういう事はないので

しっかり向き合っていきましょう
という事で。

まあ あの… 髪の毛も

みんな抜けちゃうらしいんですよ。

あっ 抗がん剤で?
そう。

そこは 新たな自分との出会いだな
という事になると思います。

なるほどね。 でも
その病気になったっていう時

やっぱり 奥様に
まず おっしゃったの?

はい。

妻は どちらかというと

ショックを 表に見せずに

頑張っていきましょうよ
という感じでした。

で とても優しくなったんですよ。
あら…。

…って 変な言い方ですけども。
フフフ…。

子ども3人いますけれども

子ども3人生まれる前の頃の
妻になったような感じですね。

よかったじゃない…。
ええ。 そこは よかったですね。

子ども3人 男の子なんで
戦争状態が長く…。

そうよね。 これですものね。
ここへ写ってますね。

妻も だんだん だんだん
気が強くなってまして。

そういう意味では 子どもたちと
ずっと戦ってきましたんで。

私とも
戦ってきましたんで。

ですから
そういう意味では

久しぶりに 若い頃の感じに
戻った感じはしました。

家族が また… 息子たちも

なんとか お父さんのために

手伝わなきゃいけないっていう
気持ちがあるようで。

妻自身が
体が弱いところがありまして。

炊事とか洗濯とか
食洗機 回したり

お風呂
洗ったりとかっていうのは

比較的 僕がやってたんですよ。
あっ そうなの? へえー!

ですから そこで それを

息子たちにやらすっていう事が
また面倒くさかったもので

自分でやってたんですよ。

ですから 今度は
僕が 体を痛めてしまって

あちこち
今は体が痛いものですから。

痛いの? 本当に。
ええ。

ですから…
できなくなってしまって。

で 子どもたちに じゃあ
やりなさいって言った時に

洗濯どうやってやるの?
どうやって干すの?

って話から始まって。

なんとか 今 子どもたちも
ぎこちないながらも

手伝ってくれようとしてますので
そういう意味では…。

でも 上の人は
もう 随分 大きいのね。

もう あの…
長男は就職しておりまして。

そして 次男も
この4月に就職でして。

三男が
まだ高校生なものですから。

今日 なんか スタジオに
いらしてるとかって… そう?

そうそう。 今日 妻と三男が。

こんにちは。 可愛いのね。

16歳?
そうです そうです はい。

で… 妻と。
あっ 奥様。 奥様 どうも。

妻は テレビ東京に
勤務しておりまして。

昔 アナウンサーでいらしたのね。
そうなんです はい。

ちょっとね… きっと 奥様も

ご心配の心中だろうと
思いますけど。

本当に心配してくれております。
そうでしょう。

でも 今まで…
なんていうんですかね?

この20年間
やり続けていらっしゃった

その なんていうか…
抵抗力みたいなものが

今も続いてるだろうから。
あっ それは全く…。

こんな事で
くじけてなるものかっていう。

そうですよね。

初めは なんでと思いましたけど。
そうですよね。

なんで 俺にと。
うん うん。

フリーになって
これからっていう時に。

そうよね。 だったら
フリーにならない方が まだ…。

こんな人生ですよ。
自分の人生 なんだろうと思って。

10月からフリーになったとこ…?
そうなんですよ。

まだ 2カ月なんですよ。
それで こんな…。

グワーッて きてしまって。

ここで負けたら もう

なんのために フリーになったかも
わかりませんし。

そうそう そうそう…。
ですから あの…

なんですかね
病気に負けてはいられない。

こんな事で くじけたり
くよくよしてはいられないという

思いが強いんですが。

今 56歳でいらっしゃる…?
はい。 56です。

退職理由が面白いんだけど
「もっと話し続けたい」という。

もう それは
黒柳さんと一緒でございます。

フフフフ…。
もうね…。

ずっといると もう…
偉くなっちゃうと話せない?

自分が番組を担当してる中で

どんどん どんどん 20年の中で
しゃべる時間が短くなって…。

朝の情報番組で?
そう! …なったんですよ。

それは… どういう事かなと
思うんですけども

やっぱり マンネリ化とか
いろんな事がありまして。

若いアナウンサーを投入して
番組 盛り上げてもらって

自分は その指導に当たったり。

また あの 自分… デスクも
兼任していたので 番組では。

原稿 書いたりとか
いろいろと やっていたんですよ。

これ以上は しゃべる時間は
増えないなという。

ある種…
なんていうんでしょうかね?

自分の限界を自分で見極める
っていうんですか。

フフフ… すごいじゃない。
ええ。

かなりシビアな…。
そうですよね。

「俺は まだ できるんだ」
じゃなくて

「このステージでは
もう 役割は終えたな」と

自分で判断を… 決断をしまして。
うん うん。

それで 思い切って
出る事にしたんです。

辞めようって?
はい。

で フジテレビをお辞めになった?
ええ。 で 辞めまして…。

どこかに 笠井のしゃべりを

聞きたいと思ってくれている人が
いるんじゃないか。

あっ なんか 約束して
出たんじゃないの?

いや そうなんですよ。

それが そういうような形だったら
楽だったんですよ。

私も 約束してたんだと思った。
最近ね なんか あの

1カ月 経ったら
ちょっと隣の番組に出てるとか

斜め上に出てるとか
そういうような事が…

結構 大型の移籍は
あるんですけども。

私 中型から小型の
移籍なものですから。

ハハハハ…!
あなた 面白いからね…。

ですから
さすがに決まってなくて。

もうね
大海原に飛び込んでいって…。

なるほど。
泳いでいけば どこか

しゃべりの新天地に
たどり着くだろうっていう。

あっ そういう感じ?
じゃあ 本当に大冒険?

大冒険でした。 だから 家族は
とても心配だったと思います。

「どうするの?」っていう感じで。
なんか 10月1日から

おうちにいると 家族が
なんか 苦情を言ったんだって?

いや 苦情じゃなくて…。
何?

朝 10月1日… それまで 20年間
僕 3時起きだったんですよ。

うわあ… 早いね。 うん 大変だ。
3時起きで。

本番 何時からでしたっけ?
本番 8時からなんですけども。

小倉さんが
何言うか わからないので

下調べとか準備が とても必要で。

ですから 10月1日から

もう 会社にも行かなくていい
っていうんで

私 朝… やっぱ 早く
起きちゃうんですよ 5時には。

で リビングにいて

会社に行く妻 大学に行く息子が
下りてきて ドア 開けた瞬間に

「うわー! いるんだ」
みたいな感じになりまして。

それはそうですよね。
20年間 平日いない父ですから。

そうですよ。 ビックリしますよね。
ええ。

それで みんなが忙しくしてる中

僕が 「ねえ ねえ」とかって
話したりして

朝のだんらんって
こんなもんかなと思ってたら

妻が3日目ぐらいに
「信ちゃん…」。

同期なものですから
信ちゃんって言うんですけども。

「信ちゃん 悪いけど
私が出勤するまでは

私の目の届かない所に
いてくれる?」って。

ハハハハ…!

相当おかしいね。
つまり あの…

20年間 私がいない朝の生活が

もう確立してるんですよ。
そうね。

こうやったら こうやって
こうやって こうやって

出ていくって…。
そう 段取りが。

黒柳さんも 意外と
段取り派じゃないですか?

そうです そうです。
ですよね。

うちの妻もそうなんですよ。
そこに 僕が

「ねえ ねえ ねえ ねえ」とか
何かと話しかけたりとか

あるいは 僕の面倒を
見なきゃいけないわけですよ。

そうそう…。
なんか 食べさせるとかね。

そう。 それが やっぱり
ものすごく

家族みんなのペースを
乱してまして。

それで 私は

それから 妻が下りてきたら

2階へ また戻る
というような感じに…。

お父様は公務員。
お母様は専業主婦?

あっ うちの父 母ですか?
あなたの父 母。

そうなんですよ。
うち 男3兄弟でして。

父も公務員
弟たち2人も公務員でして

私だけが
こういう ちょっと…

違う職種に
就いてるんですけれども。

まあ… 今 写真 出てましたね。
出てましたよ お母様とお父様と。

つい最近 撮った
写真なんですけれども。

いやあ ハハハ…。

ねえ 優しそうなお母様。
キレイなお母様ね。

母は優しいです 本当に。
美人。

なんていうか あの…。

怒鳴られた事がなかったかな?
みたいな感じでして。

父親からも 手を上げられた事が
なかったですし。

自分が親になってから
両親のすごさを感じたって…?

本当に そのとおりでして。
父とか母と同じように

子育て できるのかなと
思っていたら

なかなか やっぱり
子育ては難しいですね。

3人もね いたんじゃね。
何歳… 一番下が16歳でしょ?

今日 あそこにいらっしゃる方が
16歳。 あとは 何歳?

えっと 長男が26…。

そうだ。 25かな。

25… すみません。
25。

長男が… 長男が25で…。

21。
次男が21。

それで16。
16。

徹子さんの方が
よく知ってるじゃありませんか。

大体 そのぐらいですから
大変は大変ですよね。

でも 本当に
子育て難しいなと思って。

っていうのは あの…

大体 子どもたちは

中学生ぐらいになると

「父さん テレビ出るの
やめてくれ」と。

あら…。
始まるんですよ。

あなたは 朝だから
どうしても見ちゃうのね。

みんな
見ないわけにいかないのよね。

ええ。 ですから 「迷惑だ」と。
うん… 「迷惑だ」って。

子どもたちが
中学生ぐらいになって

生活していくうえで

いろんな事 言われちゃって

「出ないでくれ」って言われて

それ じゃあ 誰が
学費 稼ぐんだ

って話
なんですけれども。

その… それはね
結構 切実に

みんなから言われるんですよ
子どもたちから。

でも もう仕方がないなと思って。
そうよね。

で 例えば 電車に乗る時も

こう… 場合によっちゃですね
隣の車両に乗るんですよ。

フフフ…!

私と親子関係と思われるのが
イヤなんですね。

わかるわ それ。 離れて…。
わかる?

わかるよ そりゃ。
わかる? そうですか。

で とにかく あの…
家族で買い物とか行く時には

中学生ぐらいの時は
「父さん」っつって

「はい 眼鏡 帽子 マスク」っつって
なんか…。

変装しろっていうの?
うん。

なんか… なんつうかな?

学生運動でもしてるみたいな
感じになっちゃうんですよ。

でも そうして みんなにあんまり
ジロジロ見られたくないのよね

子どもはね。
そう。

だから それで
そこが 大体 いつも

中高生時代が
いろいろ もめるんですよ。

でもね そうは言いながらですよ

ある時 アナウンサーの
クイズ大会っていうのがあって

家で見てたんですよ。

うちの フジテレビのアナウンサーが
みんな出てるんですけども。

で 僕は出てないんで。

「どうして 父さん出ないの?」って
言うんで

「いや それは
ニュースの解説をしていて

ああいうクイズで間違ったら
恥ずかしいじゃないか」って。

「だから出ないんだよ」って
説明したら

「父さんは意気地なしだ!」って
始まったんですよ。

で 「そうだ そうだ」っつって
子どもたちが。

で 「お母さん どう思う?」って
言ったら

お母さんが
「そうね」って言ったんですよ。

ハハハハ…! 本当?
そう。

それで 僕 さすがに頭きて
「わかったよ!」。

「じゃあ これから 全部のクイズに
父さんは出るから!」。

「断っていたけど
全部 出るから!」っつって

来るクイズ 来るクイズ
受けてたんですよ。

そこで… そのたんびに
恥をかいてたんですよ。

そしたら 子どもたちから

「父さん クイズに出ないで。
恥ずかしいから」って。

ハハハハ…!
いや…。

「だから言ったろ!」っていう…。
そう!

だから言っただろって
話なんだけども。

でも この間ね テレビ朝日の
『Qさま!!』っていうクイズに

出していただいたんですよ
つい先日なんですけれども。

で その時は 家族で

ちょうどクリスマスパーティーを
ひと足早くやってくれたんですよ。

へえ…! 家族が?
そう。

病気なんで
クリスマスは もう入院だから。

もう その時 わかってたの?
そうなんですよ。

もう つい最近なんで。
つい最近。

で 家族で録画してあったやつを
見たんですよね。

で みんなでワーワー言いながら

「お父さんダメだよ」とか
「やっぱり」とかって笑いながら。

でも そんな風にして
家族で笑いながら

全員で クイズ見て笑うなんて事は
久しくなかったんで

なんか幸せだなと思ったんですよ。
本当ね。

でも 病気の事がなければ
そんな風にワーッて集まる事も

もしかしたら
なかったかもしれないと思ったし。

で クリスマスパーティーなのに

黒豆だとか お節料理が
いくつかあったんですよ。

なんでかって聞いたら 妻が

「お正月も入院してるから
お節気分も味わって」って言って

作ってくれたんですよ。
あらあら! いい奥様。

ですから ありがたいなと思って。
本当にね。

クリスマスケーキと お節料理を
一緒に食べるというですね

珍しい
今までにない体験をしました。

ご結婚なすって
29年という事だそうですけども

改めて 奥様への思い

それから また お子さんたちへの
思いみたいなものを…。

ああ…
ちょっと照れますけどもね。

でも 一応。
改めて…。

あの… 妻は

私の人生の
羅針盤のような人なんですよ。

あっ そう…。
ええ。

アナウンサー 入って
その… 私は ちょっと

バラエティーとかも
いいかなと思って

いきなり 当時の人気番組の
担当になったりして

ちょっと いい気持ちでいたら

「そんなね
人気番組についたって事は

あなたの人気じゃなくて
番組が人気なだけなんだから

もっと 地に足ついた報道とか
とにかく 情報とか

ワイド番組 好きだったら
そういう方を

ちゃんとやった方がいい」
って言ったりとか…。

奥様が? すごい。
ええ。

あと 僕が…
ちょっと 調子に乗って

ワイド番組の偉い人と
トラブルになった事があって…。

あっ そうなの?
入社10年目ぐらいですね。

「もう 一切 ワイド番組では
使わない!」みたいな

言われた事が
あったんですけれども

その時も 妻は「いいじゃない」と。

「もう これだけ
ワイドやったんだから

新しい所で
何か 日勤でもなんでもいいから

次の事を頑張ればいいじゃない」と
言って

それで 僕 ニュースの方に移って

キャスター
やらせてもらったりとか。

それは よかったですね。
非常に 経験 積んだんですけども。

大体 自分が
「どうしよう!」っていう時に

妻が 「こっち 右 左」っていう…
結構あるんですよ。

そういう形で
その… 辞める時も…。

フジテレビを?
ええ。

これは 「5年ちょっと
遅かったわね」って言われまして。

あっ そう…。
それは小倉さんと全く同じ意見で。

小倉さんも
「5年遅いな」って言って。

そう?
ですから そういう意味では

そういう形で なかなか
優しい面と 厳しい面と

両方 持ってる
妻なんですけれども。

今回は とにかく あの…
気丈にですね

私の事を病院に送り出すというか。

早く帰ってらっしゃい
っていう感じで。

ですから 感謝しております。

お子さんたちへの思いは
どうですか?

子どもたちは あの…。

まあ 私は 結構 甘やかせ気味の
父親なんですけれども。

男同士なものですから。

とにかく 頑張って
育ってくれてるなっていうのと

あとは 三男とは

この冬 スキーに行く約束を
していたんですよ。

あっ そうだったの?
夏あとぐらいから… ええ。

初めてスキーをするんですけど
僕 スキー1級なもんですから。

あなた そうなの?
教えるの 結構 得意なんで。

教えるの うまい? うん。

ついに 三男を
スキーに連れてってやれるかって

計画してたんですけども それが

急遽
こういう事になってしまって…。

行けなくなっちゃったの?
行けなくなっちゃって。

そこがね 本当に
何よりも ちょっと…

気持ちとしては
つらいなというところでもあって。

お父様 「つらい」って。
あなたと一緒に

スキーに行かれなくて。
残念だったね。

でも またね
病気 治ったら行けばいいもんね。

来年 行こうと思ってます はい。

(笠井)そんな あの… 息子に
話し掛けなくていいですから。

だけど 可愛いから…。
子ども 好きだから。

ありがとうございます 本当に。
すみません。

これから半年間
無給になりますんで。

あっ 無給になっちゃうの?
はい。

その分は 蓄えは
なんとかなってるんですよね?

一応… 退職金を… ええ。

そこを治療費に充てようと
思ってますんで。

治療費がね 大変ですよね。
ええ。 ですから

確かに サラリーマンでいれば

休業補償は
あったんですけれども。

ただ 私
この2カ月間 フリーになって

本当によかったなと思う事
たくさんありましたんで。

ですから フリーになった事には
後悔は全くないです。

そうね。 後悔がないって事が
大事ですよね。

じゃあ
今後は まあ 病院へ入って…。

はい 治療します。

そして
元気になって帰ってきますんで!

絶対 元気に…。

それで 元気になったら
また ぜひ いらしてください。

ぜひ よろしくお願いします。
そうなのよ。 それじゃあね…。

ありがとうございます。
ありがとうございました。

(拍手)


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