爆報!THE フライデー 田原俊彦、亡きジャニー喜多川への想い・コマネチ不倫騒動・芳村真理とポランスキー監督…


出典:『爆報!THE フライデー【今夜解禁!田原俊彦…亡きジャニー喜多川への想い】』の番組情報(EPGから引用)


爆報!THE フライデー【今夜解禁!田原俊彦…亡きジャニー喜多川への想い】[字]


▼田原俊彦が亡きジャニー喜多川との関係をついに激白▼貴ノ岩が暴行事件後テレビ初出演

▼コマネチ不倫騒動の真相とは▼芳村真理とポランスキー監督の意外な関係


詳細情報

番組内容

【田原俊彦40年目の新事実】

▽芸能生活40周年を迎える田原俊彦がついに初激白!


▽亡きジャニー喜多川との出会い…決別…最後を全てを語る


▽ジャニーズ事務所から届いた手紙…25年ぶりにある人物と再会


【あの人は今…大追跡】

▽暴行事件から2年…元幕内力士・貴ノ岩が騒動後にテレビ初出演


▽騒動後に引退…国外脱出!世界中を大捜索

番組内容2

【歴史的事件の新事実】

▽名司会者・芳村真理がロマン・ポランスキー監督との秘密の関係を初激白


▽全米で話題に!チャールズ・マンソンの息子がメディアに登場


【あの人は今…大追跡】

▽白い妖精と呼ばれた元体操選手・コマネチが美熟女に激変!不倫騒動の真相とは?


【今夜のスペシャルゲスト】

▽女優・秋吉久美子が6年ぶりに出演!田原俊彦への不満を激白!

出演者

<M C> 爆笑問題  <スペシャルゲストMC>田原俊彦

<レギュラー出演者>テリー伊藤 アンガールズ 友近 藤森慎吾(オリエンタルラジオ)

<アシスタント> 山本里菜(TBSアナウンサー)

<出演者>平成ノブシコブシ 秋吉久美子 貴ノ岩 芳村真理 ナディア・コマネチ

公式ページ

▼番組HP

http://www.tbs.co.jp/bakuhou/

▼twitter

https://twitter.com/bakuhou_tbs

@bakuhou_tbs

制作

TBSテレビ


『爆報!THE フライデー【今夜解禁!田原俊彦…亡きジャニー喜多川への想い】』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

爆報!THE フライデー 田原俊彦、亡きジャニー喜多川への想い
  1. 田原
  2. ジャニー喜多川
  3. 芳村
  4. 貴ノ岩
  5. ポランスキー
  6. シャロン
  7. マンソン
  8. 一体
  9. 女性
  10. 当時
  11. 息子
  12. 彼女
  13. 田原俊彦
  14. 日本
  15. チャールズ
  16. 死後
  17. 自分
  18. 電話
  19. コマネチ
  20. ジャニー


『爆報!THE フライデー【今夜解禁!田原俊彦…亡きジャニー喜多川への想い】』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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<田原の>

<しかし>

<そこには>

<さらに今夜>

<ジャニー喜多川の死後>

<その>

<なんと>

<そこに>

<そして…>

<とんでもない結末が
待っていた>

<まずは…>

<今夜>

<元横綱・日馬富士からの
暴行事件の主役だった男は今>

<日本を離れ>

<その姿は激変し>

<をしていた>

<今夜 どこにも報道されなかった
新事実が語られる>

<日本中が震撼した>

<元横綱・日馬富士による
暴行事件が発覚>

<報道によると 酒の席で>

<白鵬が説教しているさなか>

<貴ノ岩がスマートフォンをいじり
彼女にメール>

<日馬富士が
その行動に腹を立て>

<貴ノ岩を
平手で多数回 殴り>

<さらにカラオケのリモコンで>

<頭を数回 殴ったという>

<ホチキスでとめられた頭部のけがは
強烈な印象を残し>

<連日 マスコミは>

<その結果
横綱・日馬富士が>

<責任を取って引退という
幕引きとなった>

<しかし>

<今度は なんと
被害者だったはずの貴ノ岩が>

<付け人に暴行>

<これにより
貴ノ岩を擁護していた>

<貴ノ岩は>

<を受け>

<引退会見は開いたものの>

<マスコミの追及に
多くを語ることはなく>

<逃げるように>

<貴ノ岩は
今>

<という情報が>

<徹底調査の末
かくまわれている場所は>

<彼の母国 モンゴルと判明>

<さらに謎の男とのコンタクトに
成功した我々は>

<急きょモンゴルへ飛んだ>

<やってきたのは
極寒の>

(スタッフ)そこですか?
はい

<果たして>

<出てきたのは怪しいオーラが漂う
こわもての男性>

<彼は一体?>

<なんと男は貴ノ岩の兄だった>

<このあと 我々は
驚きのひと言を告げられる>

<なんと貴ノ岩は
3カ月前に この家を出ていき>

<今はいないという>

<一体 今どこで
何をやっているのか?>

<すると…>

それは守れるか?

<なんと目の前で貴ノ岩に電話
直接交渉に>

えーと…
(スタッフ)TBSです

<なんと>

<あるという>

<ウランバートル市内の>

<雪の中>

<すると…>

そうです

<こちらが>

<それもそのはず>

<なんと>

<これは相当厳しい潜伏生活を
強いられていたのか?>

<我々は詳しい話を
聞くため>

<しかし…>

<予想外のセレブ感が>

<何か怪しい仕事でも
しているのか?>

(貴ノ岩)リビングと台所は一緒ですね

<大きなソファーが置かれた
広々とした およそ>

<ここはウランバートルの1等地に立つ
2LDKの高級マンション>

<一体なぜ 日本を追われ
潜伏中の彼が>

<こんな豪華な生活が
できるのか?>

<そこには>

<があった>

<暴行の被害者から一転>

<加害者となり
希代の悪者となった貴ノ岩>

<自ら責任を取り引退>

<しかし彼を>

<もう>

<貴ノ岩は>

<しかし>

<モンゴルの英雄
横綱・日馬富士を>

<引退に
追い込んだ男として>

<母国でも
批判を浴びた>

<実際>

<そんな意見が多く聞こえた>

<そして精神的に>

<ついに…>

<体重は40kg激減>

<しかし そんな状況を
一変させる>

<なんと>

<このあと どこにも>

<モンゴルで精神的に
追い込まれた貴ノ岩に>

<なんと電話の主は>

<思わず身構えた
貴ノ岩だったが>

<話によると日馬富士は
モンゴルで>

<相撲の指導者を探していた>

<因縁の間柄とはいえ
同じモンゴル人同士>

って話はしたんで

<この一件以来
横綱が前を向いているのに>

<自分が下を向いている
場合じゃない>

<そう思えるようになったという>

<そんな彼は今>

(スタッフ)えっ 何すか?

<というが…>

<一体 この場所で
何をしているのか?>

<すると…>

黒いのは

<なんと貴ノ岩は今>

<その規模は>

<敷地は>

<そして実は この牧場>

<長男のルブサンさんと…>

<次男・ガルダンさんが>

<貴ノ岩が いつ戻ってきても
大丈夫なようにと>

<現役時代だった>

<手伝ってくれたもの>

<そんな兄弟愛に ここに来たら
いつもテンションが上がるようで…>

<何でも 英雄 チンギス・ハーンのような>

<伝統的な馬術を
見せてくれるという>

あっ あっ… ああ!

おっととと

<再び>

<ようやく>

<そして貴ノ岩の>

(スタッフ)えっ お姉さんなんすか!?
はい

<こちらは>

(外国語)

<モンゴルの有働由美子的存在>

<実は このラジオ局も
関取時代にためた お金を元に>

<姉弟で
一緒に経営しているという>

<こうして今や すっかり
実業家となった貴ノ岩>

<その
力の源は>

<やはり>

<家の中には>

<力士として生きた証しの数々が
大事に飾られている>

<そして恩人である>

自分の中では もう

<しかし このあと>

♬~古いアルバムめくり

<最後に
日本で覚えた大好きな>

<しかし…>

<なんと隣で
友人が>

<これは まさか…>

<貴ノ岩は今>

(実況)どうでしょうか 決まった!

<史上初 最高得点の10点を
連発したスーパースター>

<初々しくかわいらしい受け答えで
白い妖精と呼ばれた彼女に>

<実は 封印された会見があるのを
ご存じだろうか?>

<それは>

<28歳のとき>

<を受ける>

<しかし その際>

<男性は なんと>

<この事実に 世界はもちろん
日本でも>

<そして>

<「コマネチが憎い 夫はコマネチに
だまされている」と訴え>

<多くの人の同情を買った>

<そんな中>

<「So What?」>

<ご覧いただこう>

<これが後に>

<これ以降 マスコミに
好き放題 書かれまくったコマネチ>

<果たして彼女はその後 あの>

<そんな>

<やってきたのは>

<すると…>

<セクシーで ただならぬオーラを
放つ女性を発見>

<このあと>

<さらに>

<ジャニー喜多川の死後
田原のもとに届いた>

<それでは
現在58歳>

<こちらが現在の>

<驚きの激変を続け>

<あの不倫疑惑の>

<すると
夫と会わせてくれるという>

<やってきたのは>

<すると…>

ヘイ
ハーイ

ハロー

<果たして…>

<こちらが>

<あの男性とは>

<実は彼>

<ロサンゼルスオリンピックで
2つの金メダルを獲得したスーパースター>

<実はコマネチ>

<イメージもガタ落ちで>

<お金も信用もなくなった
コマネチを助けたのが>

<体操仲間のコナー氏だった>

<そして2人は>

<そんな>

<こちらが>

<そして もちろん…>

<コマネチが>

<だというが…>

<両親の血を受け継ぎ>

<させようとしている>

女優の秋吉久美子さんです

(藤森)お美しい

<1972年 18歳のときに>

<映画「旅の重さ」で
女優デビューした秋吉>

<そんな秋吉は>

<その息の合ったコンビで
人気を博し>

<若い世代に 多くの支持を集めた>

<当時をよく知る秋吉だからこそ>

<最近のトシちゃんに>

<どうしても
納得がいかない事があるという>

<それは…>

あれっ どうしたのかな?
って思ったの

えっ? トシちゃんは
自分で そう言われて

どう思います?

(太田)それが いいんですよ

あのね

誰に
対しても

みたいだったの

僕は じゃあ

<田原の
芸能界の父>

<しかし>

<そこには>

<さらに今夜 芸能史を揺るがす>

<衝撃のスクープが>

<ジャニー喜多川の死後>

と思うんですけど

<なんと>

<そこに>

<自由が丘のショコラティエに
会ってほしいという>

<謎の伝言>

<そして…>

<とんでもない
結末が待っていた>

<トップアイドル>

<果たして>

♬~Bye-Bye哀愁でいと
駆け抜けた

♬~Bye-Bye哀愁でいと
赤い稲妻

<田原俊彦
1980年にデビューすると>

<その年に レコード大賞新人賞など>

<なんと 10個の賞を総なめ>

<その爆発的な人気を裏付ける
映像が残されている>

<「ザ・ベストテン」の演出により>

<田原>

<すると すぐに気付かれ>

<竹下通りにいた女の子たちが>

<撮影は ここで中断>

<そんな田原の輝かしい才能を
見いだした人物が…>

僕の中でも

だと思ってるんで

<2人の出会いは>

<田原が15歳のとき>

<実は田原は
6歳のときに父親を亡くし>

<母が必死に
4人の子どもを育ててきた>

<その思いを胸に
アポなしで訪れたのが>

<有楽町 日劇>

<そこで 怖いもの知らずだった
田原少年が>

<声をかけた人物こそ…>

<ジャニー喜多川本人 当時44歳>

みたいな感じで

やっぱり
ハイカラな人だなっていう

<なんと田原は>

<すると…>

ジャニーさんが
僕 覚えてんですよ

<田原を>

<甲府の高校に通いながら>

<週末は>

<その3年間は まるで
親子のような関係だったという>

たぶん それも

で ジャニーさん

<デビュー前にもかかわらず>

<ジャニー喜多川から
多くの愛情を注がれた田原>

<そんな田原に ジャニー喜多川は>

<求められていたのは>

<すると 入所当時
ダンスレッスンで>

<30人のJr.の中で
最後列だった田原が…>

<ジャニー喜多川が見守る中>

<わずか1カ月後には なんと>

<最前列のセンターで
レッスンを受けていた>

<ブレることなく>

<そのハートの強さは>

<田原が6歳のときに
糖尿病の合併症で他界した>

<実の父親から
受け継いだものだという>

<一体 田原の父親は
どんな人物だったのか>

ねえ たぶん

でも それを

<今回 特別に
写真をお借りすることができた>

<このあと>

<そして
ついに>

<交わしていた>

<テレビ初公開>

<こちらが>

<実は 小学校の先生を務めていた
父・冨士雄さん>

<その>

<その姿は>

<そのイケメンぶりから
田原先生を狙う女性も多く>

<焦った母
千代子さんは>

<自らプロポーズを
したという>

<そして 田原が>

<その秘密は 俊彦という
名前に隠されていた>

<母の話によると>

<名前は 父・冨士雄さんが
命名したというのだが…>

<なんと 俊彦という名前は>

<実在する冨士雄さんの
教え子から とられたものだった>

<今回我々は 徹底リサーチの末>

<ご本人とのコンタクトに成功>

<今も現存する学校で
当時のクラスメイトとともに>

<会ってくれるという>

<待ち合わせ場所は
当時から変わらぬ>

<学校のシンボル・クスノキの下>

<そこには>

(スタッフ)この中に

<こちらが
田原の名前の由来となった>

<田原が知らない>

ホントに

何人かでね

そのときね

<そして 田原との
こんな共通点が>

<スポーツが得意で
足が速かったという冨士雄さん>

<その姿は 抜群の運動神経で>

<芸能界でも大活躍した
田原に うり二つ>

ねえ
うん

<まるで「教師びんびん物語」の
田原のような>

<スター先生だったという>

<そして>

<田原の父から もらった>

<それは>

うん

<この教えこそ 息子・田原俊彦の>

<遺伝子に受け継がれていたもの>

<田原は 歌って踊れるスターこそ
自分の道と>

<懸命に レッスンに励み続けた>

<そんな強い気持ちのもと>

<田原>

<そこには常に 第2の父と慕う>

<ジャニー喜多川も いたという>

毎回いて

<そして
「3年B組金八先生」を経て…>

<「哀愁でいと」で
華々しく歌手デビュー>

♬~Bye-Bye哀愁でいと

<実は>

<なんと>

<すると…>

<2枚目のシングル
「ハッとして! Good」で>

<日本レコード大賞
最優秀新人賞を受賞>

<田原は涙を流し
父・ジャニー喜多川と>

<喜びを分かち合った>

でも ジャニーさん ホントに

ジャニーさん

ていうね
のは ありましたけどね

<シングルは>

<NHKホールなど>

<しかし それでも
ジャニー喜多川に>

<褒められることはなかった>

<そして 20代半ばとなった田原に
大きな壁が>

<それは>

<20代半ばを迎え>

<さらに>

<田原は 年齢による
アイドルの限界を感じていた>

<そんな田原に
追い打ちをかけるように>

<この頃 ジャニー喜多川との関係が>

<大きく変わっていった>

<田原の現場に ジャニー喜多川が
いることは減っていった>

もうジャニーさんは

<田原は 一人で
アイドルの殻を破るため>

<もがき続けた>

いやいや

<すると そんな田原に
起死回生の作品が>

<1988年
「教師びんびん物語」に出演すると>

<27歳 等身大の田原の熱演がウケ>

<ドラマは
最高視聴率31%の大ヒット>

<さらに ドラマ主題歌となった
「抱きしめてTONIGHT」は>

<を獲得>

<見事に 再ブレイクを果たした>

<それが…>

<1994年3月 田原俊彦は
後進に道を譲るため>

<ジャニーズ事務所を退所して独立>

<これが>

<「FAX1枚で独立」>

<さらには「事務所との
軋轢」と報じられる事態に>

<しかし>

気がするんですよ

<なんと 田原は>

<このあと>

<ジャニー喜多川と田原俊彦
最後の会話>

<ジャニー喜多川の死後>

<田原のもとに送られてきた
一通の手紙>

<その>

と思うんですけど

<今夜>

<1994年 田原俊彦は
ジャニーズ事務所から独立>

<「事務所との
軋轢が原因」など>

<様々な記事が
飛び交う中>

<田原は>

<自分を見いだしてくれた
恩師との別れ>

<そして 運命の電話をかけた>

(呼び出し中)

(電話が つながる)

<すると ジャニー喜多川から
返ってきたのは>

<思わぬ言葉だった>

<なんと ジャニー喜多川は
独立していく田原を怒ることなく>

<応援してくれていた>

<マスコミとの対立など>

<田原の好感度はガタ落ち>

<仕事は一気に なくなった>

<さらには
独立後のコンサートで>

<空席は600と
報じられるなど>

<田原のネガティブな
情報ばかりが流れた>

<それでも田原が 40年間欠かさず
やってきたことがある>

<田原は コンサートに
空席が出来ても>

<ファンが一人でもいる限り
歌い続けた>

<その地道な努力は 事務所を>

<少しずつ昔のファンを
呼び寄せただけでなく…>

<そんな田原を
ずっと突き動かしていた>

<ある思いがある それは…>

そういうのは
たぶん

<そして 40周年を迎えた今年>

<田原は原点でもある>

<すると…>

<2時間40分を なんと休憩なしで
ステージに立ち続けた田原>

<その姿は まさに>

<そして その>

<田原に衝撃の出来事が訪れる>

<電話の相手は田原のマネージャー>

<そこで>

<田原の
芸能界の父>

<ジャニー喜多川
危篤の知らせ>

<所属するアイドルはもちろん>

<事務所を退所したタレントも
一声かけたいと駆けつけていた>

<病床に駆けつけることを
しなかった>

でも…

<何者でもない>

<田原は>

<そして…>

<田原が その>

もしもし?

☎(マネージャー)トシさん…

<10秒 20秒
田原は電話口で絶句したという>

<そして…>

<田原はそう言うと
葬儀にも行かず>

<マスコミにコメントを
出すこともなかった>

その思いは 僕の中ではね…

<その思いを胸に この夏も
ステージに立ち続けた田原>

<ジャニー喜多川の死後
ジャニーズ事務所のある大物から>

<田原の元に1通の手紙が>

っていう思い出しかないですよ

<しかし 一体なぜ>

<ジャニー喜多川の死後>

<彼女は田原に
手紙を送ったのか?>

<そこに書いてあったのは
ある謎の伝言>

<なんと 自由が丘のショコラティエに
会ってほしいという内容>

<今回 その謎を解き明かすべく>

<手紙に記されたお店に向かった>

<畳2畳分ほどの小さなお店には>

<謎のショコラティエとおぼしき女性>

<年齢は50代後半ほどで
品のある女性だった>

<我々が事情を説明すると>

<実は彼女 田原にとって>

<重要人物であることが判明>

<してくれたものの…>

<待ち受けていた>

<田原と再会の舞台は>

<先に待っているのは>

<その姿は…>

<白い眼鏡をかけて>

<ただならぬオーラを
放つ 謎めいた女性>

<実は彼女>

<今回 どうしても
伝えたいことがあるという>

<そして…>

<果たして>

<そして なぜメリー喜多川は>

<この2人を
今 再会させたかったのか?>

<その謎を解く扉が開かれる>

<ジャニー喜多川の死後
田原俊彦の元に届いた>

<ジャニー喜多川の姉
メリー喜多川からの手紙>

<自由が丘のショコラティエに
会ってほしい>

<そして…>

<果たして>

<そして なぜメリー喜多川は>

<この2人を
今 再会させたかったのか?>

<その謎を解く扉が開かれる>

うわ

お久しぶりです

お久しぶり

お久しぶり
お久しぶりです

お元気そうで
何よりです

恐れ多いです

<実は この女性 芸能界で
天才作詞・作曲家と称された>

<宮下智さん>

<つまり
ジャニー喜多川の意思を受けて>

<アイドル田原俊彦を
作り出した女性>

<田原が
ジャニーズ事務所から独立した時期と>

<ほぼ同じ時代に>

<それまでの
作詞・作曲活動をやめ>

<独創的な生チョコレートを作り>

<今年 帰国して
お店をオープンした>

<しかし 一体>

そうですね

<宮下さんから>

<大ヒットデビュー曲の
「哀愁でいと」>

<実はこの曲
洋楽のカバーソング>

<セカンドシングルは
田原俊彦というアイドルを>

<どんなカラーにするかを
決める重要な曲>

<実は候補となるタイトルは
かなりあったが…>

<今思えば 当時 斬新なタイトル
しかし…>

<なんと>

<62万枚を売り上げ>

<日本レコード大賞
最優秀新人賞を受賞した>

<そのときから ジャニー喜多川は
田原に あることを求めていた>

<当時>

<ジャニー喜多川のこだわりは
曲のタイトルや>

<サビは
誰もが口ずさめるフレーズ>

<そして 誰もが引き付けられる
ものでないといけない>

<そして
アイドル田原俊彦にとって>

<大切な名曲が生まれる>

<それは…>

<アイドルから
歌手への成長を見据えて>

<いつまでも長く歌えるようにと>

<田原のために作られた歌が>

<この歌は>

<そして この曲こそが>

<事務所から独立しても
どん底になっても>

<ファンと田原を
つなぎ続けてくれた象徴>

<そんなジャニー喜多川からの
贈り物を>

<田原はコンサートで
毎年 大切に歌い続けてきた>

<その歌詞には 別れてしまった
大切な人への思いが>

<つづられている>

<それは まるで
田原とジャニー喜多川>

<お互いがお互いを思う
気持ちのように>

今日は

記念で

<田原俊彦が40年分の思いを込め>

<亡きジャニー喜多川へ>

<この曲を捧げる>

<田原>

<メリー喜多川の
手紙がきっかけで>

<25年ぶりに再会した2人>

<だったのかもしれない>

<これからも>

トシちゃん

きっと

そういう
意味では

最後の「ジュリエット」
っていうのを もう…

(秋吉)
そういうものは…

ありがとうございます

<そして 多くの
芸能人が訪れた>

<東京ドームでの
お別れ会でも ある秘話が>

テリーさん でも
それこそトシちゃんはね

行かなかった葬儀というか…

僕が印象的
だったのは

ジャニーさんの

お下がりというか トシちゃんの
衣装だったんですよね

何やねん それ みたいな

どうでした?

<名司会者
芳村真理は…>

<世界的殺人事件に巻き込まれて
いたかもしれなかった!>

<今年 大きな
話題となった>

<クエンティン・タランティーノ監督の最新作>

<「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
でも…>

<大きなモチーフとして>

<取り上げられた大事件>

<1969年 世界的映画監督
ロマン・ポランスキーの妻で>

<当時 妊娠8カ月だった
女優のシャロン・テートが>

<チャールズ・マンソン率いる
カルト集団によって>

<殺害された>

<これは アメリカ人なら
誰もが知っているという>

<そんな大事件に
危うく巻き込まれていた>

<かもしれないのが…>

<芳村真理と 名監督 ポランスキーとの>

<知られ
ざる関係>

<お互い>

<があった>

<それは…>

<シャロン・テート殺害の首謀者>

<カルト教団の教祖
チャールズ・マンソンの息子>

<今夜 実は様々な運命が
交錯していた>

<が明かされる>

<このあと>

<という大事件>

<それは…>

<後に「戦場のピアニスト」で知られる>

<の豪邸>

<だが 当時すでに>

<その留守を預かっていた
妻 シャロン・テートは>

<幸せの絶頂にいた>

<そんな彼女に
とんでもない悲劇が迫っていた>

<その日は 友人3人と
自宅で過ごしていたシャロン>

<その豪邸に3人の
若いヒッピーグループが侵入してくる>

<そして ソファーで>

<こうして シャロンを含め>

うっ…

<問答無用で友人を撃った>

<その後 友人女性は…>

<庭で刺され死亡>

<もう1人の友人も…>

<犯人の凶行によって
命を奪われた>

<実は この凶悪な殺人グループこそ
マンソン・ファミリーと呼ばれ>

<世界を震撼させたカルト集団>

<教祖 チャールズ・マンソンは
10代の家出少女たちを集めて>

<ドラッグで洗脳>

<後の殺人集団となる
マンソン・ファミリーを結成していた>

<そして 最後に残されたのが
シャロン・テートだったが…>

(悲鳴)

<シャロンやその友人たちは
無抵抗のまま>

<見ず知らずの若者たちに
無残にも殺害された>

<なぜ こんな大事件に
芳村真理が>

<詳しい話を聞くため>

どうもどうも

<そして語られたのは>

<芳村によると
2人の出会いは1961年>

<フランス・カンヌ>

<当時27歳だった芳村は>

<女性週刊誌の連載のために
ヨーロッパを取材中>

<世界的映画祭
カンヌ国際映画祭を訪れていた>

<そして 会場の一角にあった
レストランで芳村は>

<初めてポランスキーと出会う>

<隣のテーブルにいたのが>

<まだ無名の青年監督だった
ポランスキーだった>

<そして ポランスキーを
紹介されると…>

<芳村は まだ無名の存在だった
彼から>

<あふれ出る才気を
感じたという>

<そして 互いに独身>

<夢を追う20代の若者同士
意気投合した2人>

私は

でも僕は

だから

<芳村は 若きポランスキーから
映画にかける>

<以来 映画祭の期間中
毎日のように>

<映画や互いの将来について
語り合った>

<こうして 意気投合した
2人だったが>

<このときは何もなく お互い
自分の国へと帰っていったという>

じゃあ

<それから4年後の>

<なった芳村>

<この間に結婚と離婚を経験>

<再び独身となっていた>

<そして心機一転
ヨーロッパ旅行に出かけ>

<なんと ポランスキーと
久しぶりの再会>

<このときの彼は初監督作品
「水の中のナイフ」が>

<ヴェネツィア映画祭で
賞を取り>

<新進気鋭の若手監督となって
映画祭に参加していた>

<すると 彼の口から>

<実はポランスキー 4年の間に>

<その際…>

ねえ

<そんな話で盛り上がった2人は>

<実は このときポランスキーも
最初の妻と離婚をして>

<独り身となっていた>

<そして ポランスキーから
驚きの言葉を告げられる>

<当時の芳村は モデルや女優の
活動はしていたものの>

<後に>

<今後 どんな仕事を
すればいいのか>

<なんと 芳村は
ロンドン行きを決意>

<だが その矢先>

(電話のベル)

ハロー

<このあと>

<あのシャロン・テート殺人事件に
巻き込まれてしまうかもしれない>

<運命の分かれ道>

<カルト教団の教祖
チャールズ・マンソンの息子が>

<日本のメディア初登場>

<一体 何を語ったのか?>

日本が韓国への輸出管理を強化し

3品目のうち、半導体などの材料レ
ジストについて

経産省は、輸出の手続を一部

見直したと発表した。

経産省によると、これまでレジスト

韓国に輸出する際、個別の取引ごと

申請書を提出する必要があった。

今回の見直しにより、特定の条件を
満たした企業に限り

3年分の許可を一括で得ることが
できるようになったとのこと。

今回の見直しについて経産省は

十分な実績が積み上がったためだ
とする一方で

輸出管理の緩和ではないと強調し
ている。

これを受け韓国大統領府の関係者

今回の措置は、日本政府が自発的に
とったもので

一部進展とみることもできるが、

輸出規制問題の抜本的な解決策と
しては不十分だとのコメントを出

<ポランスキーの思わぬ誘いに
ロンドン行きを決意した芳村真理>

<だが その矢先>

(電話のベル)

ハロー

だって

えっ?

<なんと 急遽
アラン・ドロンのインタビューが入り>

<ロンドンへ行けなくなった>

<こうして2人は別れ>

<しかし
この瞬間こそ>

<芳村に
とっては>

<その翌年の1966年>

<ポランスキーは 芳村と行くはずだった
ロンドンで ある女性と出会う>

<その女性こそ
後に殺害される女優>

<そして ポランスキーは
シャロンを自らの映画>

<「吸血鬼」のヒロインに起用>

<それが縁で 2人は交際を開始>

<その後>

<引っ越し そして…>

(悲鳴)

<シャロン・テートはあの凄惨な殺人事件の
犠牲者となり この世を去った>

<もし あのとき>

<あの事件に巻き込まれていたのは
シャロンではなく>

<芳村だったかもしれない>

<そして そう思わざるを
えないような運命のイタズラが>

<その後の芳村に起きていた>

<ポランスキーとのロンドン行きを断り>

<カンヌ国際映画祭から
帰国した芳村は…>

<だったこともあり>

<芳村は 夫とともに>

<そして 驚くべきことは
その家の場所>

<なんと>

<なんと 芳村とポランスキーは>

<何度もすれ違っていた可能性が
あった>

<もしロスで
再び出会っていれば…>

<芳村は>

<あの事件が起きた邸宅に>

<出入りする間柄に
なっていたかもしれなかった>

<そして>

<日本に帰国していた芳村は>

<都内の自宅で
あの事件が起きたことを知る>

<ポランスキーの妻 シャロン・テートが
殺害されたことが書かれていた>

<芳村が>

<なんと自分と事件に驚きの接点が
あったことが書かれていた>

<芳村は>

<ポランスキーの妻 シャロン・テートが
殺害されたことが書かれていた>

<だが このあと芳村は
さらなる衝撃事実を知り>

<身の毛がよだったという>

<なんと 殺害された>

<トーマス野口だった>

<当時野口は ロスの検死局で
解剖医として働き>

<マリリン・モンローをはじめ 有名人の
検死を担当する名医だった>

<そして 運命のイタズラか>

<あまりにも重なり過ぎる
偶然の連続に 芳村は…>

<シャロン・テート殺害事件が忘れられない
記憶になってしまったという>

<実は シャロン・テート事件は
まだ終わっていなかった>

<なんと 今年の夏>

<事件の首謀者
チャールズ・マンソンの息子が>

<突如 メディアの前に登場>

<全米中を騒がせているという
情報が>

<マンソン本人は
終身刑となり>

<実は最近まで刑務所に
服役していたが…>

<2017年11月 83歳で病に伏せ
この世を去っている>

<そんな中 一体なぜ今>

<息子がメディアに姿を現したのか?>

<我々は ロサンゼルスへと
向かった>

<まずは 街に出て
聞き込み調査を敢行>

(通訳)チャールズ・マンソン

<やはり マンソンは今も
市民の心に>

<強烈なインパクトを残した
存在のようだ>

<そんな殺人犯の息子が
一体 なぜ今?>

<我々は>

<何とかマンソンの息子の映像を
入手できないか動いた>

<すると なんと独占入手に成功>

<このあと 日本のメディア初>

<チャールズ・マンソンの息子が
登場>

<がこちら>

<こちらが>

<彼は マンソンとそのファミリーの女性>

<メアリー・ブルンナーとの間に生まれた
子ども>

<そんな彼が今 メディアに
わざわざ出てきた理由 それは…>

<なんと 彼は息子として父>

<この主張に今
全米は騒然となっているという>

<そして 事件の被害者>

<最新作が ヴェネツィア国際映画祭で
審査員グランプリを獲得>

<86歳となった今も
第一線で活躍している>

<そんな>

ですよ この人は

だからもう

<シャロンを亡くした>

すごいですよ
出てくるビッグネームというか

本当に芳村真理さんって

やったのかなって
ホントに思いますよね 改めてね

秋吉さん

まあ 確かにね

<ここで
オリラジ藤森が>

<先日フライデーされた
噂の彼女について>

何かね あの

僕 そんなこと

「はいはい」って
適当に言ってましたけど

彼女がそれ見て

<続いてノブコブ徳井からも初告白>

10月に
家を買おうかと思って

銀行に相談しに
行ったんですよ

うちの中野の方にある
ちっちゃい銀行に行って

電卓をたたきましたところ…

徳井さんに

いろいろ細かく聞かれたんですよ
レギュラーがどうのこうのとか

なるほど なるほどって
パパパ 「300万円ですね」

お笑いは 特にね なかなか

40ですからね
30年後

あんたさ


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