あしたも晴れ!人生レシピ「人生を歌にささげて~由紀さおり~」ここにいたるまでの苦労やさまざまな葛藤を告白…



出典:『あしたも晴れ!人生レシピ「人生を歌にささげて~由紀さおり~」』の番組情報(EPGから引用)


あしたも晴れ!人生レシピ「人生を歌にささげて~由紀さおり~」[解][字]


由紀さおりとして今年デビュー50年を迎えた由紀さん。ここにいたるまでの苦労やさまざまな葛藤を告白。歌にすべてを捧げると決めた背景には何があったのか?


詳細情報

番組内容

70代とは思えない美声で多くの人を魅了している由紀さおりさん。50周年記念コンサートや、姉、安田祥子さんとの童謡コンサートに密着!息をあわせる秘けつや、美しい声を保つ健康法を披ろうしていただく。「夜明けのスキャット」を皇居の中の音楽堂で歌ったときの秘話も。歌の世界を広げるために常に挑戦し続けてきた由紀さん、歌に捧げようと決めたある出来事とは?離婚、病、知られざる葛藤を告白。その人生と魅力に迫る。

出演者

【ゲスト】由紀さおり,【司会】賀来千香子,小澤康喬,【語り】堀内賢雄



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あしたも晴れ!人生レシピ「人生を歌にささげて~由紀さおり~」
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  13. 最後
  14. 仕事
  15. 世界
  16. 背中
  17. 披露
  18. 夜明
  19. お客さん
  20. コンサート


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♬「ル ル ルルル」

歌手 由紀さおりさん。

由紀さおりとして デビューし
今年 50年を迎えました。

しかし ここに至るまでに
幾多の苦難を乗り越えてきました。

歌手を目指した中学生の頃
歌の練習を積んだのは キャバレーでした。

17歳の時 本名でデビューしたものの
鳴かず飛ばず。

2度の離婚を経験。

ある病に
人知れず苦しんできました。

50代に入ってからは 自分の人生の意味を
問い続けてきたといいます。

姉 安田祥子さんと歌う
童謡コンサートにも密着。

ピッタリと息を合わせる秘密とは?

今年4月には 皇居の中の音楽堂で
上皇 上皇后陛下の前で

「夜明けのスキャット」を披露。
その舞台裏とは?

スタジオでは 美しい声を保つための
健康法も披露していただきます。

常に歌の世界を広げようと
挑戦し続ける由紀さおりさん。

♬「水の上にも」

歌と共に生きると決めた
その人生をたどります。

♬~

「あしたも晴れ!人生レシピ」。
今回は 歌手の由紀さおりさんの登場です。

もう本当に きれいな透明感のある
あの歌声を 私 昔から聴かせて頂いてて

とにかく変わられない 今も。

それでは ご紹介しましょう。
由紀さおりさんです。

よろしくお願いします。
どうぞよろしく。

恐れ入ります。 恥ずかしいわ。

本当ですもの。
いやいや。

由紀さんは 今年「夜明けのスキャット」で
デビューされてから

50年の節目を迎えて
いらっしゃるんですよね。   そうですね。

どんなお仕事も そうだと
私 いつも思うんですけども

自分に居心地のいい そよ風のような風が
吹いた年と 嵐のような日と

何も起こらないような なぎのような
まあ そういうのが こう

繰り返し 繰り返しあって ここまで
たどりついたかなという感じですかね。

そんな由紀さんの歌と人生に
今日は迫っていきたいと思います。

まずは 50年の記念コンサートに
密着しました。 見ていきましょう。

由紀さんは今年 全国20か所で
公演を行っています。

開演2時間前に始まったリハーサル。

サウンドチェックで
最も気にかけているのは会場の反響。

自分の声が どう響くかは
会場ごとに異なるのです。

気になる曲は
最後まで歌って確認します。

声量も 100%出さないなど
微妙に調整しています。

お客さんが集まり始めました。

由紀さんの魅力を伺うと…。

70代の由紀さん
どんな思いで臨んでいるのでしょうか。

ホールは 1, 000人近くのファンで
埋め尽くされました。

いよいよ開演。

50年の思いを込めたステージの
始まりです。

1970年 デビュー翌年の
日本レコード大賞で

歌唱賞を受賞した曲「手紙」。

♬~

由紀さんは これまで さまざまな
ジャンルの歌に挑戦してきました。

デビュー5年後 1973年発表の
「ルーム・ライト」。

ニューミュージック界のカリスマ
吉田拓郎さんに作ってもらった曲です。

♬「あなたが運転手に
道を教えはじめたから」

♬「私の家に近づいてしまった」

この曲に出会い 由紀さんは
歌との向き合い方が変わったといいます。

多くの歌との出会いが
由紀さんを成長させてきました。

昭和のヒットナンバーも披露し
お客さんを楽しませます。

♬「街の灯りが とてもきれいね
ヨコハマ ブルー・ライト・ヨコハマ」

ボサノバの名曲も聴かせます。

さらには演歌と
由紀さんの歌のジャンルは多彩です。

♬「見えぬ心を照らしておくれ」

そして由紀さんといえば この曲。

♬「ル ル ルルル ル ル ルルル」

「夜明けのスキャット」。

今から50年前 この曲で
由紀さおりとしてデビューしました。

♬「ラ ラララ ラ ラ ラララ ラ」

♬「ラ ラララ ラ ラララ ラ」

実は この曲 4月に
皇居の中にある音楽堂で

上皇ご夫妻の前で披露しました。

そして こんなエピソードもありました。

新曲として披露したのは

シンガーソングライター
アンジェラ・アキさんに

楽曲提供してもらった
「あなたにとって」。

若いアーティストの楽曲を歌うのは
新たなチャレンジでした。

♬~

およそ100分で 20曲を歌いきりました。

80点!? とんでもない。

もう本当に 今だけで癒やされましたよね
私たち。

これだけのバリエーションが おありで
私から何か あれすると

もう確立していらっしゃると思うのに
とどまってらっしゃらないお姿が

すごいなと思うんですけれども。

歌うということも含めて 表現するって
私ね お客さんが好きなの。

変な言い方なんですけど。

だからレコーディングとか そういうのは
あんまり好きじゃないんですよ。

お客さんがいて お客さんの前で
何かを演じたり歌ったりって。

そして お客様の拍手をいただくという。

これは もう小さい時から
すごく好きなの。

そこで褒められると うれしいっていうね。

VTRで 80点とおっしゃっていて
わあ 厳しいなって思ったんですけど

由紀さんの考えられる 最高の
コンサートって どんなものなんですか?

あのね 童謡のコンサートで 25年間は
ずっと楽屋に 母がいたんですよ。

ついていってくれたんですね。

いつも舞台を見ていて「今日は
どうだった?」って言うと

「うん まあまあね」っていう感じで。

姉も私も一度も褒めてもらったことが
ないんです 母に。

で「80点か 85点ぐらいね」って。

「何で 100点にならないの?」みたいな
ことを私が言ったことがあったら

100点なんて それで終わりじゃないと。
で そんなことは ありえないと。

「私が いいって言ったら
今日は良かったわって言ったら

あなたたちは もう それ以上
努力しないでしょ?」って。

だから 100点を取るということは
ないですよ。 それで終わっちゃう。

そのお母様のおひと言が
今日の由紀さんを?

そうですね。
だから代役がいるなら私は要らないのよ。

そうでしょ。 私の代わりを
してくださる方が おいでなら

私の存在理由はないわけ。

それをしっかり こう植え付けられた
というか まあ そういうことかな。

これだけ長い間 続けてこられながらも

やはり変わっていかなければ
という思いがあるんですか?

そうですね。 変わらざるをえない部分も
いっぱいあるでしょ。

だって 20代で歌ってるのと 30代になって
40代になって 50代 60代になって

今 70代に入ったわけだから その時々の
自分のたたずまいっていうのかしらね。

最後まで全うするということは
どういうことかなっていうのは

すごく私にとって
とても大きな課題ですのでね。

続いては 由紀さんの人生を振り返ります。

由紀さおりさんは
群馬県桐生市で生まれました。

そこには 姉で歌手の安田祥子さんも
入っていました。

小学1年生で レコード会社の
オーディションを受け

姉と共に童謡歌手として活動を開始。

母親の房子さんに
「将来は歌手になりたい」と告げると

かけられた言葉は…

中学生になると 昼は学業 夜はレッスンと
ハードな生活が始まりました。

しかし当時は中学生。

大人の夜の社交場で歌うことは
つらいレッスンでした。

それでも念願がかない 17歳で
「安田章子」として

「ヒッチハイク娘」という曲でデビュー。

しかし…

受ける仕事といえば
ステージに立つことのない裏の仕事

CMソングばかりでした。

♬「お歳暮は」

このお歳暮のCMソング 歌っているのは
18歳の時の由紀さん。

ところが このCMソングの仕事が
思いもよらぬ転機をもたらします。

作曲家のいずみたくさんからラジオ番組の
テーマ曲のオファーがあったのです。

それが「夜明けのスキャット」として
大ヒットしたのです。

当時の年間レコード売り上げ枚数は
150万枚というミリオンセラーに。

♬~

♬「ル ルルル ル ル ルルル ル」

紅白にも出場を果たしました。

5曲目の「手紙」も大ヒットし
歌手としての人気 名声を手にします。

しかし音楽シーンは
ニューミュージックブームに。

自分で曲を作って歌う
シンガーソングライターに

注目が集まるようになりました。

由紀さんは 自分の存在意義が
揺らぐように感じたといいます。

歌手として岐路に立たされていた
由紀さんに

追い打ちをかけたのが

10年連続で出場していた
紅白落選の知らせ。

それで終わらないのが由紀さん。

NHKホールを貸し切って ソロコンサートを
やろうと決めたのです。

このソロコンサート企画を練っていた時

どういう演出にするか
頭を悩ませていました。

そんな時 母・房子さんから
こんなひと言が。

当時 姉の祥子さんは 東京芸術大学を出て
クラシック音楽の道に進んでいました。

幼い頃から いつも褒められていたのは
姉だったため

由紀さんは コンプレックスを
抱いていました。

コンサートは大成功。

姉妹一緒に歌った童謡も
反響がありました。

2人は童謡の良さを広めるため

全国のホールを回って
歌い続けていきました。

さらに アメリカやアジア諸国にも
招かれた由紀さん。

歌手としてのアイデンティティーを
取り戻したのです。

しかし その裏で
深刻な体の悩みを抱えていました。

童謡コンサートが 軌道に乗り始めた頃
突然 下腹部の激痛に襲われました。

すぐさま かかりつけの病院へ。 すると…。

由紀さんは 当時30代後半。

摘出手術ではなく ホルモン療法を受ける
という選択もありました。

自分の人生は 歌にささげよう。
そう決意した由紀さん。

2度の離婚を経験。

そうした中で 50代後半からは
ますます新たな挑戦を始めていきます。

アメリカのジャズグループ
「ピンク・マルティーニ」と

アルバムを作ることにしたのです。

そのアルバムは 世界20か国以上で
発表されると各国でチャートイン。

坂本 九さんの「SUKIYAKI」以来
50年ぶりの快挙でした。

さらに由紀さんは 狂言の世界にも
踏み出しています。

これは この辺りに住まいいたす
大名の女房でござる。

三味線を弾きながらの小唄に演技。

自分の可能性を試す由紀さん。

チャレンジは これからも続きます。

もうね プロフェッショナル。

いかに由紀さんが やっぱり歌と真摯に
向き合われてるか。 日々 ずっと前から。

「私 有言実行な人だから」とかね。
かっこいいです。

いや そんなこと…。

変わらずに ずっと歌い続けたいという
その原動力というのは 何でしょうか?

一番大きなことは やっぱり
女の人生を振り捨てて

この道を選んできたと思っているので
この道を選んだ意味は何なのかなって。

芸を選んだ。 こういう世界を選んだことに
ついての 私なりの答えを見つけたいと。

それを求めているというところを
見せ続けることが

女の人生を振り捨てて いろんなものを
犠牲にして 傷つけた方もいるし

傷つけられた部分も それは
いろんなことが あったわけだけれども

そういうところを自分で見つけないと
選んだという証明にならないかなと。

その選んだということの答えを
見つけたいなっていう。

こういうことだったんだというのが
自分に納得できるように

生きていきたいなということかな。
すごい。

そんなこと。 やめてよ。
いや すごいです。

本当に ご自分を律してらっしゃるのと
そのストイックな部分と

もっと いろんな由紀さんのことを
知りたいですね。

そうですね。
恥ずかしいわ。

由紀さん 50代になられてからも
海外やら 能やらね

新しい世界に挑まれてるという…
本当に すばらしいと思うんですけれども。

やっぱり こういう職業ですので
売れたいっていう… 下世話に言えば。

売れたいというか
やっぱり着目を受けていないと

この仕事を続けてる意味がないというのは
大前提にあると思う。

だけど それを欲しいがために
似合わないことをやるのも

もう そういうものも
似合わないわけだから。 年齢的にもね。

がむしゃらに
何かをやるということじゃない。

でも そこには私の発想じゃなくて

ピンク・マルティーニと出会ったことに
ついては

秋元 康さんのアドバイスが
すごく大きかったんですよ。

私の新曲を 40周年のコンサートをやる
ということで

秋元さんとこの事務所に みんな
うちのスタッフが行ってね

「次の曲どういう曲にしますか」という時に
「由紀さん やっぱりラジオの時代に

『夜明けのスキャット』
ヒットしたでしょう」と。

「だから あの時代の歌を歌うというのは
やっぱり いいよね」と。

「だけどさ ただ歌うだけじゃ
客は来ないよ」って

秋元さんが おっしゃったら
みんな グサッとなって。

「いや すごいひと言だったね」みたいな。

そこで打ち合わせが終わったあと
「ピンク・マルティーニと一緒に

コラボレーションするアルバム作るって
どう?」って

うちのスタッフの中から
そういう話が出たわけ。

だから やっぱり そういうふうに
触発してくれる人が

周りにいてくれるという
そういうところも

長い間 仕事をしてきた自分に
みんな ついてきてくれたというか。

やっぱ そういう人が周りにいてくれるか
どうかということも

この50年 私が歌い続けてこれた
すごく大きな要因。

さて ここで由紀さんに
美しい声を保つ秘けつを伺いましょう。

声を維持するために
どんなことをされているんでしょうか?

週に1回は もう喉 診てます。

で 自分の喉の状況を今 もう写真に
ビデオで見れますのでね

「いいよ 今日も大丈夫。 いつものように
頑張って歌ってきて大丈夫だよ」って

先生に言われるのが 今の私の薬です。

週に1回。
1回は行きます。

チェックされるんですか?
ええ。 ほこりを取ったりとか。

歌うのは この喉だけじゃないんです。

この体全体が共鳴板だし 耳も
それから鼻腔共鳴といって

この鼻から抜くファルセットの
声の出し方もあるので

もう鼻も耳も喉も全部なの。

いわゆるアンチエイジング
じゃないですけれども要するに

リンパのマッサージっていうのを
ここも

この耳のここのところが
すごく硬くなっちゃうんです。

あごを こう開けてみて下さい。

ここ動くでしょ?
はい。

顎関節のところがね
すごく影響するんですよ。

動いてます。
そう。

そこが心地よく硬くならないでいくように
っていうのと

この下あごを
右 寄せたり 左 寄せたり。

それから この耳をすごく引っ張る。

それと 鼓膜に刺激を
こう与えられるんですよね。

耳を引っ張るのも。            そうです。
それは ここの筋肉も全部動く。

わあ すごい。
だと思いますね。

ご自分で 例えば維持の運動
お体の運動も おありなんですか?

スクワットなんですけど
10回ぐらいずつ やって。

1日に 30回から40回ぐらい そこを
やるというのを課してるんですけど。

ここで由紀さんが
毎朝 飲んでいるという

ミックスジュースを
紹介していただきました。

トマトジュースを飲みやすくしようと

リンゴジュースとアサイージュースを
ブレンドしています。

どうも今日は ありがとうございます。
ありがとうございます。

思いがけず 乾杯もさせていただいて。
どうぞ。

あれでしょ ほら ちょっとプンと
このトマトが匂うでしょ。

だから これをね…。

リンゴの甘みで ちょっと。
本当です。

変わるでしょ?
すぐ変わりました。

おいしい。             だから嫌いな方も
これだったら いけるトマトジュース。

おいしい。
トマトとリンゴの甘みが合わさって

最後に アサイーのフワッとした香りが。

これ また混ぜないのも
いいかもしれませんね。

大好き。            だから今も続いてる。
これは続きます。

常に でも やっぱり こう
声と お体のためにアンテナを。

だってさ だんだん こんな にっこり
しゃべってますけど

歌うの大変なんですよ。
いや もう大変ですよ だって。

いえいえ もう本当そう。
本当にね お体が楽器ですし。

そう。 ハイヒールで あと何年
歌えるかしら?と思うぐらい大変よ。

でも みんな 先輩は やってらしたし
淡谷先生だって最後まで

ヒール履いてらしたなとかって思うと

こんなことに負けちゃいられないな
という感じ。

さあ 歌い続けるための由紀さんの
なみなみならぬ努力を見てきましたが

最後は大切なライフワークの一つに
なりました

童謡に込めた思いに迫ります。

今年11月。

由紀さんと 姉・安田祥子さんによる
童謡コンサートが開かれました。

♬~

四季折々の美しい情景が浮かぶ
日本の童謡。

次世代に つなげたいと
姉妹で続けてきました。

♬~

2人には童謡を歌う時
心がけていることがあります。

そして
お客さんが楽しみにしているのは?

♬~

♬~

洋楽も瞬時に対応。 さらには…。

♬「海は荒海」

北原白秋が 新潟を訪れた際に
頼まれて作った曲が「砂山」。

地方の歌にも対応できます。

そして圧巻は こちら。

♬~

すばらしいです。
圧巻ですね。

そう 圧巻。 本当に圧巻。

この余韻に浸っていたいので
もう1曲お願いします。

…っていうぐらい本当に圧巻でした。

このですね 私 ビックリしたんですけど

瞬時にリクエストに
お応えになるというのが

例えば曲が決められて 会場の方に

この曲の中で リクエスト
じゃないんですよね。         そうなの。

これ レパートリーは
何曲ぐらい おありなんですか?

童謡のCDの中に
入れさせていただいた楽曲だけでも

400曲以上ありますので。

ワンコーラスだけというのであれば
もっとあると思いますね。

ご姉妹でいらっしゃいますけど
息の合わせ方がピッタリなんですけども。

どういう努力というか
パッと合っちゃうものなんでしょうか?

いえ。 それは同じ先生に
歌を習ったということが

この童謡 唱歌を歌ってくることに
一番大きな要因になったんですけれども。

気功の先生のところに2人とも
母も一緒に通っていたので

呼吸をそろえるということを
その方に すごく教えていただいて。

その呼吸が もうテンポなんですね。

だから その呼吸法を2人で そろえるのに
楽屋で背中合わせになって。

例えば賀来さんとだと
こう背中合わせになって。

で 息は賀来さんのところの
その背中から息をもらう。

ねっ そして吐き出す時は
また あなたの背中に吐くんです。

だから賀来さんは
私の背中から息をもらって

そして私の背中に息を吐くというのを
背中合わせで このやり取りするという。

そうすると そのフーッと こう吸って
フーッと吐く。

そして その背中が
どんどこね 熱くなるの。

あれ 面白かったんですけどね 熱くなって
じゃあ このくらいで大丈夫ね

なんていうのを時々
周りに翻弄されるような

いろんな出来事が
あるような場所もあるじゃない?

そうすると ちょっと2人で

楽屋で ちょっと やろうということは
ありました。

何か本当に 心一つになる感じが。
今 一瞬ですけど。

何か そういう精神性みたいなものを
こう一つにするのには

その気功の先生から
教えていただいたことは

すごく役立っておりました。

童謡をライフワークにされている
由紀さんですけれども

今 こんな活動もされています。

8年前から幼稚園で
童謡の指導を行っています。

え~!                    そうなのよ。

♬「そっと のぞいて みてごらん」
今度は小さく。

♬「そっと のぞいて みてごらん」
Good!

♬「みんなで おゆうぎしているよ」

上手!

先人たちの残した童謡を
次の世代へ つなぎたいと考えています。

すてきなお時間ですね。

もう子どもたちの声は ものすごく
私にエネルギーをくれますね。

「そっと のぞく」というのは
そ~っとじゃないでしょ?と。

「そっと のぞく」のは そっとだから。

「2回繰り返してる時は 2回目は
もっと小さく歌ってみない?」といって

あれをトライしているんだけど。
見事に表現 変わってましたもんね。

そうなの。 かわいいんですよ。
そうやって歌ってくれると。

童謡の指導を通して 子どもたちに

どんなことを伝えたいと
思ってらっしゃるんですか?

この活動は お子さんたちも
そうなんだけれども

保護者の方々に お子さんと どう
接してくださってるかなということも

すごく ある種 大事で。

お子さんたちには
このジャンルのものも

日本の音楽の原点ですから

それを優しい きれいな日本語というと
変なんですけども

それと日本語のアクセントに沿った
歌だから

これは1曲でも2曲でもいいから
まず教えてあげてほしいということと。

日本語が言われることの意味は
行間を読むとか 余白の文化とかって

こういうところにあると。

今 もう目に見えることしか
皆さんは触れてないので。

目に見えないものね。

相手の心 気持ち 推し量る おもんぱかる
気配を感じる 察知するって

それ みんな見えないものなんです。

その目に見えないものを
どう感じるかということを

やっぱり忘れないでもらいたい
ということを童謡を通して

お話しをさせてもらっていることかなとは
思うんですけど。

これからの夢や目標を
教えていただけますか?

そうね。 この先 どういう人生が
私に待ってるのか

いくつまで歌えるのかも
神様しか分かりませんけれど。

健康を留意して 自分が
こう思い描いていたものが

一つ一つ実現できれば幸せかなと。

自分に似合う… この年頃になって
似合うものは 何なんだろうというのを

探し続けたいですかね。

これからも すてきなお姿をね
見せていただきたいです。

今日は どうもありがとうございました。
ありがとうございました。


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